第五章 ギリシャスフィンクスの謎
       その起源を探る




 ギリシャのスフインクスは、その謎をムーサイから貰ったという。その最も有名な謎と
して紀元前四世紀のアスクレピアデスの喪失した著書『トラゴドゥメナ』に謳われた謎
がある。その源として、「ラーとイシスの伝説」を指摘する学者もいれば、それを否定さ
れる学者もおられるようだ。果たしてどちらなのだろうか?
先ずは、ギリシャの謎にスポットを当ててみる。



比較神話学、ギリシャ古典研究の第一人者の吉田先生の翻訳は以下である。

  
< 地上に声は一つなのに、二本足でも、四歩足でも、三本足でもあるのもがいて、
    地上と空中と海中のすべての生物の中でただ一つだけ性質(ピュシス)を変える。
    しかももっとも多くの足で歩くときに、足の速さがもっとも劣る。(K167p>


 エジプトの「ラーとイシス神話」に関しては、バッジの著書から抜粋して示し、上のギリシャ
との類似点を探ってゆきたい(B 360--387p)。神話は、次のように始まる。
(次のサイトも参照にした。http://www.digitalegypt.ucl.ac.uk/literature/isisandra.html)


  章 〜の   神     聖なる(?)      生む-自らを   創造する 天   地


 息吹       〜の      命    炎   神々   人間


   獣       家畜          地を這うもの


 空の鳥    海の魚          王        人々の   神々の  〜として


  姿    唯一の    両端      〜の   幾歳月   多くの   名

 「聖なる神の章。自らを生みし神、天と地を創り、命に息吹をあたえ、火や神々・人
間・獣・家畜・地を這うもの、空の鳥、海の魚をお創り召された。人々と神々の王であ
り、
幾歳月の時の両端で唯一の姿を持ち、数多の名をお持ちであった。」

バッジは「m Hr wa 」を「in one form」とも訳しているが、「wa」はonlyの意味合いが強いようである。


彼は「Hnty」を「120年」と訳しているが、ここは最もポピュラーな「両端」と訳すべきで
ある。すると神のなんであるかが浮彫となる。「幾歳月の時の両端で唯一の姿を持つ
者」
とは、例えば一年の両端で二つの顔を持つヤヌス神が挙げられる。一日の両端な
ら「昨日と明日」と名づけられ背にアケトを背負うアケル神がいる。「昨日と明日」とは、
おそらく「過去と未来」という時の観念を意味しており、その接点を繋ぐ神だったのだろ
う。永劫回帰的な時間の観念をもつエジプト人にとって、一日、一年、千年、百万年、
永遠であれ、回帰する時の両端を繋ぐ神はアケルであった。神のかような時を結合す
る御力によって、ファラオは昨日から明日、現世から来世に行き、永遠の命を保障され
るのである。この視点に関しても、西村洋子先生から重要な御指摘を賜っている。

「Hntyの双数形に着目したのは非常に良かったのですが、それは一年の両端ではな
く、この宇宙の始まりと終わりである時の両端なのです。
尻尾を噛んでいる大蛇ウロボロスが古代エジプト人の時の観念を表しています。 ヘル・
ウベンのパピルスにはウロボ ロスと天牛と地平線の背中合わせのライオンと子供の
姿の太陽神を組みあわせた図像があります。」


Papyrus of Dama Heroub Egypt, 21st Dynasty
Title / Description: Harpokrates (Horus) on a lotus surrounded by Ouroboros
http://research.yale.edu:8084/divdl/eikon/objectdetail.jsp?objectid=4495

この蛇は永遠の時の象徴で「幾歳月の時」を意味するが、尻尾をかむことにより時が
回帰し「両端」が繋がる時点を指している。その結合の瞬間を司る神は双頭で身がひ
とつのアケル神なのである。それが「ひとつの姿」の意味である。そして、このアケル
神こそがエジプトのスフィンクスである事は、このうえなく重要である。

イシスは大神ラーの秘密の聖名を奪い取って、天地の支配者になる事を企てた。土と
ラー神の涎を捏ねて、毒蛇を創り、大神の通る路に置いた。ラー神は、蛇にかまれて
もだえ苦しみながら、次のように語った。


  私      多くの    名        多くの      姿

 「余は、数多の名と多くの姿を持つ。」

ラー神は自身の生い立ちを語ったあと、耐えがたい苦しみを大声で訴え、神々を呼び
寄せた。イシスは、大神の症状を聞きいたあと、苦しみから解放されるには、自分の
要望を聞き入れるしかないと告げた。

  言った   イシス女神   〜に  ラー神  おー!  言う-私に    名-貴方

「その時、イシスはラー神に告げた、『御身の聖名を告げ賜え』。」

ラー神は即答を避け、如何にして天地を創造したかを語り、次のように語った。

  私      開ける    両目-彼     〜になる      光


 閉じる       両目-彼の   〜になる    闇

「余は、その両の目を開けると光が生じる者であり、両の目を閉じると闇が生じる者である。」

さらに、ラー神はいかなるものを創造したかについて語ったあと、ある名を告げた。


   私    ケペル神  〜の時   朝      ラー神  〜の時   昼 


 アトゥム神        〜の時        夜

「余は、朝にへペル、昼にラー、夜にアトゥムである。」

ところがイシスは、それが天地創造の源となっている聖名ではないと見破った。毒は
大神の身体のなかで猛威を振るった。終に観念したラー神は、聖名が出でて彼女の
中に入り込むと告げた。正しく、聖名が送り込まれようとしたとき、イシスは息子のホ
ルスに語りかけた。


  縛る       (受動)   それ  命(賭けの誓)  神の  譲与する 神  両目-彼の
                                        


 神  偉大な  取り去った 彼は  〜を 名前−彼の

「あなたが神の誓いをもって呪縛したとき、神は両の目《即ち太陽と月》を譲与した。
こうして偉大な神の聖名は奪い去られた。」

かくして偉大な呪術師となったイシスは、毒を取り去り聖名を出現させた。

 流れ出る      毒              出る 〜から ラー神   目−ホルス神の


 出る  〜から  神     輝く         〜から くち

「毒よ、流れ出よ!ホルスの目よ、ラー神より出でよ!彼の口から出でて輝き賜え!」

 ラー神が最後に告げた名、「朝にへペル、昼にラー、夜にアトゥム」は真の聖名では
なかった。大神は、その両の目である「太陽と月」をイシスに手渡す事によって、呪術
から解き放たれた。それが、聖名であったことになる。後では「ホルスの目」とも呼ば
れている。では、何故「太陽と月」が天地創造の源である聖名たりえるのだろうか。
それは暗示されていた。

「余は、その両の目を開けると光が生じる者であり、両の目を閉じると闇が生じる者である。」

概して、両目を開ける時は太陽が出現し、両目を閉じる時は月が出現する。それは一
日という日の創造の比喩である。太陽が出て沈むと、代わって月が出て夜となる。そ
の月が沈むと太陽が出て昼となる。単純な日周運動の説明であるが、極めて重要で
ある。この神話は、老齢に達した太陽神ラー、つまりは「夕日」が地上での王権を女神
イシスに奪われたが、それは大神が「真昼の太陽」でもなけば、闇を照らす「月」でもな
い事実を示しており、それ故、「太陽と月」を譲渡せねばならない宿命を説明している。

同書でバッジが紹介した「人類破滅の神話」も、同じ主題である事に驚かされる。この
神話でもラーは老いており、それを人類が揶揄した。ラー神は憤り、人類を破滅すべく
ハトホル女神を遣わした。一仕事終えた女神は一旦戻って来きた。その時ラー神は思
い直し、エレファンティネに使者を遣わして、女神が向かう地に血色に染めたビールを
容器7千本分流した。サクメト(=テフヌト)と化していた女神は喜んで酒をあおり酔っ
払って上機嫌となり人類のことをすっかり忘れてしまった。こうして人類は救われたの
だが、ラー神の怒りは治まらず、天の雌牛ヌト神の背に乗ると、地上の支配をトトー神
に委ねてしまった。つまり、老いた太陽ラーなる夕日に代わって、闇を照らす月の神
トトーが夜を支配するという神話的説明である事が理解できる。それは、殺人的な太
陽光線の化身であるテフヌトと、穏やかな月光の化身であるハトホルとの対比にも該
当するであろう。両女神は、ラー神の左右の目として姉妹でもある。昼夜の境目である
「夕日」とは太陽が月を生む象徴的な瞬間であり、男神ラーならば「ホル・エム・アケト」
であるが女神ならば複合女神「ハトホル・テフヌト」、つまりはエジプト的アスタルテ女
神であるギリシャのスフィンクスの姿である。かような理解によって、謎の何たるかが
了解可能となるであろう。

 さて高津春繁氏は、「ギリシャ・ローマ神話事典 岩波書店」のなかで、異なったギ
リシャのスフィンクスの謎について報告されている。

 「二人の姉妹で一方が他方を生み、また反対に他方がいま一つの方を生むものは何か。」

答えは「昼と夜」であるが、ラー神の秘密の聖名「太陽と月」は、比喩的に「昼と夜」と
して語られている。エジプトの神話上、この謎に該当する姉妹は、イシス・ネフティスで
はなくハトホル・テフヌトしか存在しない。ギリシャの識者や詩人は、上記の答えの一
致する二つのエジプト神話を彼等の流儀・様式・嗜好に応じて独自の表現を示したの
ではないだろうか。そこで「ラーとイシスの神話」と、アスクレピアデスの詩と符号してい
そうな箇所を挙げてみる。

「地上と空中と海中のすべての生物の中でただ一つだけ性質(ピュシス)を変える。」
「人間・獣・家畜・地を這うもの、空の鳥、海の魚をお創り召された。幾歳月の時の両端で
唯一の姿を持(つ)」




「地上に声は一つなのに、二本足でも、四歩足でも、三本足でもあるのもがいて、」
「余は、数多の名と多くの姿を持つ。」

この謎の最もポピュラーな形は
「朝に4足、昼に二足、夕に三足のものは何か」である。
「余は、朝にへペル、昼にラー、夜にアトゥムである。」

 
論拠とするには無理があるかもしれないが、問題の神々の派生語を示してみよう。

死すべきものとは決定詞からみて人間を指すのだろうが、人の中では老人が近しい存在である。


このヒエログリフの比較によって「昼」は「立つ」の派生語である可能性を指摘できる
だろう。人は勿論二本足で立つ。するとラーの示した名は、「にへペル(子供)、
に(二歩足で立つ成人)ラー、にアトゥム(死すべきもの≒老人)」という言葉遊び
が成立するかもしれない。

 バッジによるとギリシャ人は、ミン神をパン神と同一視したようだL-188p。ギリシャ
人はエジプト神話の中で、さほど重要な地位を占めていないミン神すらも知っていたの
である。そんなギリシャ人は、イシス・オシリス信仰はそのまま受け入れたようだが、
これらの事情から察すると、彼らは普及していたエジプト神話の概要は知っていたと
推測されるだろう。ギリシャ美術におけるスフィンクスが何よりの証拠である。

ラー神の隠された聖名「太陽と月」≒「昼と夜」は、別のギリシャのスフィンクスの謎の
答えでもあり一致している。「朝にへペル、昼にラー、夜にアトゥム」とは一日の太陽
の誕生・成長・老いの比喩である。一方「朝に4足、昼に二足、夕に三足」とは人の一
生の比喩である。ラーとイシスの伝説に暗示された二つの答えに関して、ギリシャの
スフィンクスもまた、類似した二つの謎と答えを用意していた。この事実から判断すれ
ば、ギリシャのスフィンクスの謎は、エジプト神話に取材しているように思われる。

     ギリシャのスフィンクスの尻尾の謎

 ギリシャのスフィンクスを解説している多くのサイトでは、スフィンクスは蛇の尻尾を
持つと解説している。
http://www.ancientworlds.net/aw/Article/678363 の解説。
<But in Greece the Sphinx became a she-monster, with the head and breasts of
a woman, the body of a lion, the wings of an eagle, and the tail of a snake. >

http://www.theoi.com/Ther/Sphinx.html の解説。
<THE SPHINX (or Phix) was a female monster with the body of a lion, the breast
and head of a woman, eagle's wings and, according to some, a serpent-headed tail.>

 ところが、ギリシャの彫刻、壺絵、皿絵に表現されたスフィンクスで蛇の尻尾を持つ
ものは皆無である。それに反してヒッタイトには、該当するスフィンクスが存在している。

「MONUMENTS OF THE HITTITES」 http://www.hittitemonuments.com/ によ
れば以下の浮彫がある。

http://www.hittitemonuments.com/sakcagozu/sakcagozu10.jpg


http://www.hittitemonuments.com/sakcagozu/sakcagozu14.jpg


http://www.hittitemonuments.com/karkamis/kargamis16.jpg
この双頭の像は「ARTH 422 April 10」で、以下のように紹介されてあるので、Late
Hittle Period (1200 to 712 BC)
に属するであろう。他のスフィンクスについても同様である。
Neo-Hittite, Carchemish, Orthostat with Two-Headed Sphinx From Herald’s Wall
http://www.arthistory.upenn.edu/spr03/422/April10/422April10.html

これらのダックスフントのような胴長のスフィンクスは、エジプトの終焉の時期に現れる。


Tithoes GRECO-ROMANA
http://www.globalegyptianmuseum.com/record.aspx?id=1

TITHOES/TUTU  GRECO-ROMANA
http://www.globalegyptianmuseum.com/record.aspx?id=5036&lan=I

上の二作品は横顔を向けており、しかもアテフ冠を戴いた像は胴長でエジプトの表現様式では
なく、ヒッタイトのそれに倣っているように感じられる。


http://alain.guilleux.free.fr/dakhla-qaret-el-muzawaka/dakhla-qaret-el-mouzawaka.html



これらエジプトの蛇の尻尾を持つスフインクスは The Global Egyptian Museum
詳しく解説されてある。(http://www.globalegyptianmuseum.com/glossary_list.aspx?lan=E)

<エジプトの至るところで崇拝されていたティートーエス神の最も古い資料はサイス
時代(第26王朝”BC664〜525年”)に属する。ネイスから伝わったが、サイスやエ
スナが崇拝の中心であった。しかし、エル・ウェジュ(上エジプト第10州)やフィユーム
地域も同様に重要である。ティートーエス神の普及はエジプトの終焉期である。エジプ
ト以外でのティートーエス神の碑はトラキア(ギリシャ)で発見されたが、ローマ時代の
イタリアで知られていた事も明らかとなっている。>


http://terraeantiqvaefotos.zoomblog.com/archivo/2005/07/09/

エジプトの絵画の殆ど全ては、厳しくバランスが決められていた。その決まりを遵守
するために、彼らは上のオストラコンのように升目を引いて正確に表現していたので
ある。ところがティートーエス神のバランスは、その決まりに従っていない。その原因
は異邦人の手による制作か、異国の模倣としか考えられない。
 ネオ・ヒッタイトが滅んだ直後のサイト時代に、ティートーエス神(トゥトゥ神)がエジプ
トに出現した時代背景を考えると、この祖国を捨てた異邦人の影響とみるのが、最も
妥当であろう。
 実はティートーエス神について、西村洋子先生に教わったのだが、先生ご自身も、
両者があまりに似ているので驚かれていた。どちらもスフィンクスであるし、ネオ・ヒッ
タイトの神は属性が多く万能であった。それらの特徴がエジプトのスフィンクスにも取
り入れられたに違いない。同じように、次は万能化したスフィンクスがローマに伝わっ
たのである。それはローマ神話のティートーエス神となった。
 ところが後世の人々は「ギリシャ・ローマ神話」としてギリシャの女性スフィンクスと、
ローマの男神の性格が優勢なティートーエスを混同して語ってしまったように思える。
その結果、ギリシャのスフィンクスの尾が蛇であると誤って伝えられたに違いない。

  
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