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変な名前

ネットで見つけた不思議な名前の建物を勝手に寸評!
建物に「思い入れ」のある大家さんゴメンナサイ!
(当初アップ時より表現を軟らかくしております。)

通常は「ハイツ〜」とか「コーポ〜」等、大家さんの名字や地名を冠するものが大多数なんだけど、中には「どうして?」ってのも結構あるんです。そういうのをセレクトして寸評するよ。
じゃ、まず大手デベロッパー(マンション分譲会社)から行くよ!
01.02.23 ダイアパレス・ロイヤルシティ東幸町
  • 大概の大手分譲会社は、自社ブランドを周知させる目的でマンションの「シリーズ名」を決めています。例えばダイア建設だったら「ダイアパレス・シリーズ」とかいう感じで。それも、マンション仕様のグレード等でネーミングも大体決定されるんです。街中にあれば「なんとかシティ」とか郊外にあれば「なんとかガーデン」とか。
    業界のリーディングカンパニーと言われる×井不動産なんかは「パークなんとか」というシリーズで首都圏で大々的にやっていますね。他のデベロッパーとの共同事業であっても、必ずと言っていいくらい「パーク〜」って名前をつけさせるんだから、さすが業界ナンバーワンって感じです。
  • 話はそれるけど、あの会社は一時期「ブリティッシュ・テイスト(英国風)」って雰囲気を前面に押し出す戦略をとっていました。しかし、だいたい3LDK程度のマンション住まいで「英国風」は無かろうよと思います。まあ正直、売らんがための目くらましですね。設計している人間や販売している人間のほとんどがイギリスにも行ったことの無い普通の人なんですから。「英国風」が何であるのか「本当に分かってやってんの?」って言いたいくらい。「英国風」を展開し始めたあそこの支店長さんなんかは、ゴルフ焼けしていて脂ぎっている「英国風」とはほど遠い典型的な日本のオッサンだったとき聞いた事があります。(ウワサ話ですが。)新潟の不動産業者さんの方がよっぽど上品。そんなにゴルフやっているヒマは無えよって感じですね〜。
  • 思いっきり話がそれましたが、このマンションのネーミング。先ず、「パレス(宮殿)」はシリーズ名だからしょうがないですよね。「シティ」も分かる。新潟駅の近くだし。しかし、「ロイヤル」ってなんなんでしょうかね。まあ、一部には「エクセレント(すばらしい)」の口語的用法で使う場合や「堂々とした」という意味はあるでしょうけど、大方の日本人にとっては「王室の〜」ってイメージが強いんじゃないのかなと思います。「ロイヤル・ウエディング」などとも言いますしね。。やっぱり、高級感を演出したいんでしょうかね。大方、結果的に分譲価格が高めになってしまったので、苦し紛れのネーミングとおまけ程度の仕様アップをして高級イメージを出して売ろうとしたのかも。まあ、これはあちこち良くあるケースです。もちろん、この物件に関してはそんな事は無いと信じていますが。
  • 深読みすると新潟町が江戸時代末期は幕府直轄の「天領」だったからそういう名前にしたのでしょうか。「ロイヤル・シティ」って直訳すれば「王立の町」で、徳川将軍も一時期の公文書に「日本国王」ってしてた時もあったと聞いたことがあるので、あながち「天領の町」=「王立の町」でも間違いではないですね。でも、そこまで深く考えて名づけたのでしょうか。やっぱり「目くらまし」のような気がしますけどね。それに、当地は沼垂の後背地で、外様大名の新発田藩領だったから元々大間違い!
  • 余談ですけど、新潟町が天領になったきっかけは「抜け荷(密貿易)」でした。新潟の商人が沖合いで外国製品を買ってそれを販売してたらしいんです。外様大名の長州藩や薩摩藩なんかも盛んにやっていたらしいけど、幕府の要職を務めた譜代大名の長岡藩がそれをやっちゃあシャレにならないですよね。幕府に新潟町をとりあげられるのも仕方ない。今の政治汚職なんてモンじゃないですね。

てな感じでやって行きたいと思っています。ヒマだったら読んでみて下さいね。(ちょっと書き過ぎかも)

01.02.23 異人池ハウス(新潟市西大畑)
  • 知らない人は異様に感じるかも知れませんが、上のに比べると正当な歴史の香りがするネーミング。正確な場所は忘れましたが、確か日銀新潟支店よりも海側寄りに池があって、そのほとりに「聖ポーロ童貞修道院」(名前がちょっと恥ずかしいけど、厳粛な意味なんだろな〜。)ってのが建っていたから「異人池」。修道院に「異人」さんが出入りしてたからそういう名前になったんでしょうね。明治時代の頃の話。だから文明開化の新潟町の歴史を名前に残しているので、お気に入りのネーミングです。
  • しっかし、「異人」とはよくよく考えるとヒドイ言葉。「人」と「異」なるだから。まるで「エイリアン」扱いですよね。でも、当時の人はそんな風に感じていたんでしょうね。
  • 明治20年頃、その修道院の裏手に学校が出来て、フランス人の修道尼さんが学童を手厚く世話していたそうです。またその頃、キリスト教系の学校が他にも2校ばかり設立されて、その中の一つであの有名な「内村鑑三」も無名時代ですが教鞭をとっていたとのことです。
01.02.24 フランス荘(新潟市関屋金衛町)
  • 上のに比べて、なんなんだっ!フランスに何か関係があるのか?まさか高級イメージを演出しようとしているのかな・・・。それにしちゃ家賃が1万5千円だよ。う〜ん、謎が深まる!
  • 東京のフランス座(ストリップ小屋)を思い出しちゃいました。(恥)
01.02.25 メゾン団九郎(新潟市関屋恵町)
  • 「団九郎」って一瞬歌舞伎役者みたいな名前ですが、大家さんの名前でもなくて地名。まだまだ、あの辺りを「団九郎」と言う人もいるけど、知っている人は少なくなったのではと思います。関屋分水ができる前は、寺尾方面から長岡に向う場合、旧116号(弥彦街道)を新潟方向に行き、8号線と合流していた「団九郎」の交差点をV字カーブして行きました。まだ、その交差点自体は現在もありますが、風景が全く変わってしまいましたね。
    116号線と8号線との間は田んぼが広がっているばかりでしたから。
  • そう言えば、あの辺りに信濃川から日本海側に抜ける用水路の痕跡がまだありました。大河津分水や関屋分水ができる以前に、新潟港の砂の堆積を食い止め、上流部の洪水を防ぐためになんとか信濃川の水を日本海側に放流しようと明治時代に掘削した痕跡らしいんです。一応、日本海側まで開通して水も流れたのですが、川幅も狭く、そのうちに砂に埋もれて用をなさなかったとのこと。今でも、「堀割町」って住所がその跡を示しています。
  • まあ、地名をネーミングしているわけですが、元々は誰かの名前だったんでしょうね。その辺の知識は申し訳ないけど無いんです。

 

折をみて徐々に追加します。

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