山陰一人旅 2日目




2日目の朝、たっぷり眠ったし、今日は朝の移動が長いので、しっかり朝ご飯を食べよう!
で、
がっつりご飯をいただき(でてきたお櫃のご飯は全部食べました)、ワンコの挨拶を受け出発!
朝食もおいしくいただきました 二本足で歩いていってしまいました 大谷温泉かじか荘 蛍も乱舞します
海岸沿いを走りますが、景色の良いところがたくさんあります。
こんなところを走りながら、縁結びの出雲大社へのデートなんかいいですね〜

世界遺産のリストに登録された、石見銀山に到着
早速、
石見銀山城(山吹城)へ山道を登っていきます。ここもきつい登りです。ちょっとした登山ですね。
尼子、毛利、徳川と争奪された石見銀山。そこを守る城は3つ、山の頂上に作られました。
攻めるには非常に厳しい。山の斜面も削って、もっと登りづらくしてあります。
周りには、代官屋敷跡、作業に従事した人たちの住居の跡等が残っています。
また険しい山道を行きます 銀山を守っていた城の本丸跡 空堀の跡も残っています
銀は、降路坂を通って(山の切り通しの峠です。今も通れて、昭和40年代まで峠の茶屋があったそうです)
その長く険しい道のりを経て、
温泉津温泉(ゆのつ)の港まで運ばれていました。
石見銀山城を含め、3つの城に守られています
降路坂もあんな高いところです。
龍源寺間歩400円(間歩とは坑道の意)の中です。手掘りで大変です。銀を探したのですがありませんでした(-_-;)
この銀山は、一時は世界で流通している銀の3分の1を生産していましたが、明治に入り、山が痩せてしまい
ついに昭和18年に閉山となりました。外の店で銀の鉱石を見ましたが、よくわかりませんでした・・・
この石見銀山ですが、お店や、駐車場も少ないのですが、そこが、落ち着いて良かったです。
ガイドさんの話では、お金がないから、貧相な設備なんです。と言ってました。


次は、縁結びで有名な
出雲大社へ向かいます。
2礼4拍手1礼をし、賽銭は45円(しじゅうご縁がありますように)をするそうです。
私は、たまたま45円が財布に入っていましたので、じゃらん!と入れてきました。
縁結びか・・・私の周りにも
女性で二人ほど連れてこないとあかん人たちがいてますなー
でっかい大鳥居ですねー 腹ごしらえで、出雲そば ま、普通 近くには、出雲阿国のお墓もあります

出雲大社

那智の熊野大社も見事でしたが、
出雲大社も美しいです。日本の美ですねー
神楽なんかも催されており、空気というか、時間というか、心が洗われますね。
神楽です。神様のことを題材にしています。 本殿の隣の神楽殿。このしめ縄が有名です。6tもあるそうな 下の部分にお金を投げて、うまく刺さればご利益があると言われています
出雲大社は年配の人が多いかな?と思っていたのですが、若い人も多い!しかもカップルが多い!
ツーリングの目的地にしているグループも何組かありました。出雲大社は大黒様を奉っています。


宿泊地の松江に向かいます。しかし、ここまで、寒い!冬ジャケットにしようか迷ったのですが、
自宅を出る前の日はTシャツ1枚で十分な気温・・・ 初夏〜秋用ブルゾンにしました。
しかし、新門司でた時から、Tシャツ、ウェストベルト(腹巻代わり)、トレーナー、フリース、首にはタオルを巻き
風が入るのを防ぎます。グローブはウィンターグローブのアウターを持ってきていたので、装着!
下は、ジーンズの上にカッパ。それでも寒さで膝がガクガクし出しました。
寒い!

ということで、松江に着く前に、
松江温泉駅前の足湯に寄って、手足の暖をとりました。
ほんと駅前にあります。タオル必須! い、生き返る〜!自転車の人も来てました

いよいよ、楽しみにしていた松江城です。現存する天守閣。堀尾吉晴の築城による城です。
松江は城だけでなく、城の周りも整備されていて、
城見縄手なども雰囲気が良いです。
小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)が暮らした武家屋敷も当時のまま残っています。
子供の頃見た
小泉八雲を題材にしたドラマが好きで、いつかは来たいと思っていた所です。
八雲は、口伝えの日本(松江)の怪談や物語を世の中に出した人です。
「耳なし芳一」「雪女」「ろくろ首」等有名な話も、八雲が日本に来ていなければ世に出ませんでした。
日本をこよなく愛した(帰化も果たします)小泉八雲です。彼は、子供の頃、左眼を失明しており、
記念館の写真は、全て右に構えていて、左眼が写らないようにしてました。
唯一左眼が写っている写真も伏せ目で写っています。子孫の方が記念館の館長をされています。
石垣も天守閣も見事です。
威風堂々たる城です。
この天守閣、でかい!明治の初めに払い下げられたときは、ボロボロでした。 塩見縄手に面して小泉八雲記念館と、居住していた住まいがあります。

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