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Vol.3 「ハンガリーでの安らぎの場所。」 2001/02/13
今回はシシィが滞在したハンガリーのお城のおはなしです。
シシィは堅苦しい宮廷での生活を嫌い、よく旅行に出ました。 国内、国外、それはもう数え切れないほど・・・。 滞在したのは オーストリア、バート・イシュルにある”カイザー・ヴィラ”(Sissiがお見合いした館ですね。) オーストリア、フェルダフィングにある”ホテル・シュトラウホ” (現在、ここは『エリザベート皇后』と言う名前のホテルになってるそうです。) ギリシャ、コルフ島。(現代ギリシャ語ではケルキラ島) コルフ島には、好きが嵩じて『アキレイオン』という別低を1891年に建ててしまったりした。 イギリス(大好きな乗馬をしこたま堪能したらしい。)、アイルランドなどそれはもう・・・。 沢山あったらしいです。
その中で一番のお気に入りだと言われているのがハンガリーにあるグドゥルー城です。 (ハンガリー語では Go:do:llo" グドゥルー といいます。 :はo横でなく、上につくのが正しいです) このお城は18世紀前半にグラシャルコヴィチ伯爵が建てた物で、 彼の子孫が途絶えた後はベルギーの銀行に買い取られてしまいました。
そして1867年にオーストリア・ハンガリー二重帝国が発足するとハンガリー政府はお城を買い戻す事が出来、
フランツ・ヨーゼフ皇帝・・・、フランツくんにプレゼントしたのです。 それがフランツくんにとって良かったのか悪かったのか・・・。 何故かと言うと、フランツくんの大好きなシシィはウィーンの宮廷ホーフブルグよりも、 ブダペスト郊外にあるゲデレー城に滞在する方が多かったからです。 シシィがよく滞在したのに対し、フランツくんは滅多に行かなかったようです。 長く滞在するシシィは、住みやすいようにと自分自身で”お部屋大改造計画”を行いました。 『控えの間』『食事の間』『パール伯爵(ハンガリーでフランツくんの変わりに執務をとっていた人)の執務室』 『イーダ(シシィ腹心のハンガリー人女官)のサロン』 などを改造しました。 そしてゲデレー城にあまり来ないというフランツくんのお部屋も続々と造りました。 『フランツ・ヨーゼフの着替えの間』『フランツ・ヨーゼフのサロン』 『フランツ・ヨーゼフの執務室(最愛の息子ルドルフの肖像画がある)』 『戴冠の間(フランツくんの寝室:ハンガリー戴冠式の場面を描いた大きな絵が飾られているので、 こう呼ばれるようになりました)』 フランツくんも快適に過ごせるようにというシシィの配慮でした。 あああ、ここに”愛”が見えますね。 そして自分の部屋、『サロン』『書斎』『着替えの間』にも色々工夫をしました。 全ての部屋にそれぞれ家族の写真や肖像画を飾ったのです。 『書斎』には婚約当時に描かれた絵(フランツ23歳、シシィ16歳)が飾られてます。 ああああ、ここにも”愛”が見えます!! 私はシシィは本当にフランツくんのことが好きだったと思うので、 こういうのを見ると嬉しくなっちゃいます。 家族の事もとても愛してたでしょう。 ただ宮廷での拘束に耐えられなく、 旅、また旅の生活を送っていたのだと思います。 その旅の生活のなかでこのゲデレー城は、宮廷からも逃れられ、 かつ家族の事も思える唯一の場所だったのでしょう。
このお城は1898年にシシィが暗殺されてから使う人は誰もいなくなってしまい、 戦時中は国家元首ホルティの別荘に使われたり、 戦後はソ連軍の司令部になったりしましたが、1985年から文化財となり修復が始まり、1996年に完成。 1998年には"エリザベート皇后没後100年記念”として3室がまた修復され、 現在は『グドゥルー城博物館』として開放しています。 1階にはお土産やさんがあり、シシィグッズを買えます。(現代の”キッチュ”?) お城に行く現地ガイドさん付き観光ツアーもありますよ。 ハンガリーに行ったら是非みなさんに見て頂きたい場所のひとつです。 シシィが安らげた場所なのですから・・・。
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