昭和初期クーデター研究;五・一五事件
これらの研究は、シマヘビsanが19歳のときにさまざまな文献を参考として独自で作成したものです。引用はありますが、基本的に自分のコトバで書いています。間違いを発見した方は、その旨をトップページからメールにてお知らせ下さい。また、リンクを貼りたい方もメールで連絡お願いします。勝手な引用は差し控えてくださるとありがたいです。
〔五・一五事件〕
・血盟団検挙…官憲側はさらに第二次破壊戦が用意されていることには気付かず
・海軍側の連中には司直の手及ばず…2月初め藤井は上海で戦死するも、同志の古賀清志・中村義雄らがその遺志を次いで計画を進める
・橘孝三郎(愛郷塾。古河から参加を求められると直ちに承諾し、塾生7名による農民決死隊編成)、井上日召の後継ぎとして民間右翼から担ぎ出される。大川・本間・頭山秀三らもある程度加勢
※橘孝三郎…水戸生まれ。第一高等学校を中退し、
・古賀・中村たちは、陸軍の安藤輝三中尉・村中孝次中尉・相沢三郎中佐等の陸軍青年将校にも参加を呼び掛けるが、陸軍側は時期尚早として同調せず、少数の士官候補生11名のみが参加する。また検挙を免れた血盟団の4名も加わる。武器のピストルや手榴弾は海軍側が自ら調達したほか、大川周明らが協力し、資金とともに提供。西田税や陸軍青年将校が消極的であったのに対し大川は積極的。
・団琢磨の事件以来、一般に警戒が厳重になっていた…血盟団のような一人一殺方式はやりにくくなっていた
→今回は集団によるテロが計画された
・5/13、決起計画の最終案決定
〔計画〕=15日午後5時半を期し、海軍士官・陸軍士官候補生・民間右翼からなる30名ばかりの一団を4組に分け、首相官邸・内大臣官邸・政友会本部及び三菱銀行を襲い、然る後にこれらが合して警視庁を襲撃する。別に橘の別働隊が農民決死隊を率いて市内・近郊の変電所6ヶ所を襲い、東京を暗黒にし、戒厳令の施行を導き、国家改造に至らせようというもの。血盟団の残党が計画を妨害したと見なした西田も合わせて暗殺する(この計画に陸軍側が同調しなかったのは西田のせいだとされていたため)(=十月事件以来の右翼の内紛の現れ)。
but 成功したあとどうするかは何も決まっていない
・5/14、神戸に入港した照国丸でチャーリー・チャップリン来日。その夜、特急“燕”で東京駅に着いたチャップリンは駅を埋め尽くした群集にもみくちゃにされ、350名の警官隊に守られ帝国ホテルに入る…この陽気からは翌日の凶変は想像も出来ず
・S7.5/15(日)夕方を狙ってこの計画は実行
…成果:・犬養死亡、西田自宅で重傷
・内大臣官邸では手榴弾が投げられ巡査が1名刺されただけで牧野は無事
・三菱銀行・政友会本部・警視庁も手榴弾で小破損を受けただけ
・首相官邸襲撃
=三上卓(たかし)・山岸宏両海軍中尉+海軍・陸軍軍人計9名
…5/15(日)犬養毅は官邸でのんびり休養。午後5時半ころ、三上卓中尉ら海軍将校4名と士官候補生5名からなる第一組が自動車で官邸に乗りつけ、表門と裏門との二手に分かれて邸内に侵入。犬養は長男(のちの法務大臣健(たけし))・同夫人・令孫(評論家の道子)等と夕食中。9人は警備の巡査1人を射殺、1人に重傷を負わせ、官邸に侵入。犬養は落ち着いて「お前たち、なにを騒ぐか」と一喝し、胸にピストルを突きつけられながらも「話せばわかる」と言って一同を客間に導く。そして「他人の家に靴履きで上がるとは何ごとだ」と叱る。三上は「われわれが何しに来たか分かるだろう。何か言う事があれば言え!」と叫んだが、犬養が身を乗り出して何か言いかけた時、山岸が「問答無用!撃て!」と叫び、これに応じて黒岩勇予備役少尉と三上がピストル弾を犬養の頭部に撃ち込む。犬養が椅子の上に倒れるのを見て、一向はどやどやと立ち去る。犬養はこの後、家人に介抱されながら、「もう一度あれらを呼んで来い。分かるように話してやる」と叫んでいたが、15日午後11:26絶命。第一組は自動車で警視庁に向かいガラス戸を蹴破り、次いで日本銀行の玄関に手榴弾を投げつけたのち、東京憲兵隊に自首
・内大臣官邸・政友会本部
古賀中尉らの第二組、中村中尉らの第三組は各々内大臣官邸・政友会本部に手榴弾を投げつけたのち、檄文を撒いたり警視庁に手榴弾を投げたりしたうえ、憲兵隊に自首
・三菱銀行・西田宅
血盟団残党の奥田秀夫(明治大学生)は丸の内の三菱銀行構内に手榴弾を投げ込み、川崎長光(農業)は西田を訪問して狙撃し、重傷を負わせて逃走
・変電所
愛郷塾の農民決死隊7名は、午後7時過ぎの日没時に変電所6ヶ所を襲撃し、手榴弾やハンマーで設備を破壊しようとしたが、どこでもほとんど損害を与えることが出来ず、帝都を暗黒にするという目的を達しないまま逃走
→逃走した民間グループは5/24までに逮捕。また事件直前に満州に渡って潜伏していた橘は、7/24ハルビン憲兵隊へ自首
〔衝撃と影響〕
・五・一五事件はあまりに幼稚でお粗末 ←首謀者の古賀中尉自身が翌年「穴があれば入りたい位である」と述べるほど
・現職首相の暗殺という前例=原敬。先年には浜口首相が襲われた。ともに東京駅での単独犯によるもので、首相が官邸内で現役将校の集団に襲撃されるというのは前例なし。それに農民決死隊なるものの存在や血盟団事件とのつながりは、ただならぬ社会的背景の深さを明るみに出して異常な行動を与える。
|
|