Tale 5

 眩い光が舞い、常緑樹と色とりどりの花に囲まれた国立修学院の中庭に、他の生徒は今ごろ授業中であるというのに2人の男子生徒と1人の女子生徒がベンチに腰掛けていた。
 今は人目を避けて、教室からは見えない中庭で朝から授業をサボタージュしている3人だった。
「ああ、もう。何だったんだよ、昨日の奴は!」
 綺麗な顔を思いきりしかめて、これといった対象も無くジュリアスは空に向かって怒鳴りつけた。
 昨日フェリスとジュリアスを襲った黒馬の正体をつきとめるために文献を漁ってみたジュリアスだが、どこにも載っていなかったので少しばかりいらついていた。
「……少なくとも、大陸内にはあんなものは実在しないな。ただ、見覚えがある」
「えっ!? 何それ、何それ」
 フェリスの呟きに、ついさっき2人に事情を説明してもらったアンジェリアは身を乗り出した。
「黒馬アズニオン。上級の悪魔だ。昔、神殿の書庫で見たんだと思う。魔界について載っていた。長く伸びた漆黒の角と羽根のような形をした刃を持っているらしい。旧時代の本だったから、神殿語で書いてあって読みにくかったような気がする」
 フェリスがその博識振りを披露した。言い終わると指を組みあわせ、少し瞳を伏せた。心なしかフェリスは顔色が悪かった。昨日、四精霊の力を全て借りた大技を使ったのでかなり体力を消耗しているようだった。精霊を呼び出すには、精霊の力に見合うだけの体力がいる。
 約4000年前、ファイールになる前のこの地では今の公用語とは違う言葉が使われていた。無論、その頃の書物はその言葉が使われているので、神殿にある書物を読み解くための知識として神殿語が必要とされている。
「でも、悪魔なんて実在するのかしら?魔界の存在だって、確認されてすらいないのに」
 神殿では今、神界、精霊界、妖精界、魔界、心魂界、人間界の六つの世界が存在すると言われている。その中でも、死後の魂たちの集う世界である心魂界と、魔族の王・ルシファーを頂点とする魔族たちの世界である魔界の存在はまだ確認されてはいない。神族も精霊も妖精もすべて神殿によって確認されているので、その3つの世界は認められているのだ。
「でもね、アンジェちゃん。あの術、『五芒星の詩』で致命傷を受けたってことは、あの黒馬は悪魔である可能性が高いよ」
「どうして?」
 形のいいあごに手を当てて言ったジュリアスに、アンジェリアが聞き返してきた。
「あれは、人間には効かないからだよ。そうでしょ?」
 ジュリアスが隣を見ると、少しだけ顔を上げてフェリスが口を開いた。
「それは確かにそうなんだが、あれが魔界の生き物とは限らないし、他の大陸から法力であれを呼び出したっていう可能性もあるんだ。でも、それをつきとめる術は今のところ僕たちには無い。残念ながら」
 真面目な顔をして聞いていたジュリアスは、フェリスのその言葉を聞いて深いため息をついた。
「受身でいるのなんて、何か嫌だな。自分からは何も出来ないだなんて……どうしようもないって分かってるけど」
 ジュリアスは愚痴るようにそう言った後、半ばいじけたような顔をして、最後に低く呟いた。
「でも本当に、お父様の言った通りだったわね。私は何も関係無いみたい。……関係無いなら無いなりに、少しでも力になってあげたかったけれど……私が一緒じゃ、かえって足手纏いかもしれないわね。あなたたちの方が、ずっと強いもの」
 いつものアンジェリアらしくなく、顔を俯かせて眉を寄せ微笑み、とても弱々しく呟いた。
 普段のアンジェリアを知らない人なら憂いを秘めたその表情に見惚れる所だが、フェリスとジュリアスはまるで幽霊でも見たように気味悪そうな顔でアンジェリアを見ていた。
「何よ」
 俯いたまま横目でフェリスとジュリアスを睨みながらアンジェリアが言った。
 2人とも言いづらそうに口をもごもごさせていたが、フェリスが先に口を開いた。
「いや、なんとなく。いきなりしおらしくなられると、その……」
「不気味だよね……」
 互いの言葉に、二人は顔を見合わせて何度も頷き合った。
「……じゃあ何?私がしおらしくちゃいけないっていうの?」
 そう言ったアンジェリアの目はすわっていた。フェリスもジュリアスもそれに気づいてまずいと思ったが、時既に遅し。
「だったらぁ、いつも通りあなたたちをからかいまくったり、いきなり後ろから手刀食らわせてみたりしていいのよねー。ああ、なんてお茶目な私」
 高笑いを上げるアンジェリアを置いて、静かにフェリスとジュリアスが中庭から逃げ去ったのは言うまでもない。

 中庭から逃げた二人は、何処へ向かうでもなくただ授業が終わるのを待ってふらふらしていた。もちろん、教師に見つからないように人通りの無い所を。
 フェリスの調子も少しは良くなったようで、ジュリアスも安心していた。
「そこの二人。何やってんだ?」
 見つかったかと思い、逃げる態勢をとった二人だが、少し振り返って顔を見るとほっとして声の方を向いた。
「よぉ、サボり? 珍しいな」
 二人に声をかけてきたのは、フェリスたちと同い年、もしくは年下にも見える少年だった。互いに歩いているので近づくにつれてその容貌がはっきりと見えてくる。背はジュリアスとほとんど変わらず、顔立ちも同年代だ。薄茶の髪に深緑の眼をしていて、つり気味の眼と唇が意地の悪そうな微笑を浮かべている。
「ラディじゃない! 久し振りだね。そっちこそサボり?」
 ほんの少しだけ目線を上げて、ジュリアスがラディと呼ばれた少年の肩を掴み嬉しそうに話し掛けた。
「ああ。・・・あのな、よく憶えとくんだぞ、2人とも。研修科はな、講義に出ていようがいまいが全然誰も気付かない。何と言っても、部外者が入り込んでいても分からないくらいだからな」
「まあ確かに何年か前、部外者が講義を受け続けていて補導されたな。そいつ、今の僕らと同い年ぐらいだったか」
「そう。そんな学院だから、レポートだけ頑張るのが賢いやり方だ。現に俺はそれで首席をとってる。」
 確かにラディウスは魔法医学――魔法と医療技術を組み合わせた医学――では有名な家に生まれ、自身もそこで優秀な成績を修めている。さっき言っていたような楽をしながら。
 研修科とは、フェリスとジュリアスなどの属する高等科より上の学校のことだ。それではラディはフェリスたちより年上ということになるのだろうか。
「言っていることは大人の余裕な感じだが、相変わらず見た目は幼いな。……お前は本当に20歳か? ラディウス」
「もちろん。でも、研修科では男に馬鹿にされるという損な面と、女性たちにはこの容姿を可愛がられるという特権がある……悲しくなってくるが。」
 遠い目をしてそう語るラディウスだった。哀愁を帯びた眼を空に漂わせた。
「ラディウス=エスフィエル・セイリーディア!」
「げ」
 後ろからフルネームで呼ばれたラディウスは、びくっと肩を震わせて、『ぎぎっ』という音がしそうなほど硬い動作で振り向いた。その先には、銀縁眼鏡をかけ、見るからに気難しそうな研修科の講師がひとり立っていた。
「サボりかね、セイリーディア君」
 そう言われた瞬間、ラディウスの脳が高速回転した、ようにフェリスには見えた。顔つきが自分への自信に満ちあふれ、直前とはかなり違ったので。
「いえいえ、講義に向かおうとした所、可愛い後輩たちを見かけまして。話を聞けば、悩みがあるというじゃないですか。これはもう、聞いてあげるしかないとケイケンな慈愛の神・フェリールの信者である僕は思ったわけです」
 饒舌に笑顔でそこまで語ると、ラディウスは一度ちらりと講師の方を見た。
「……君は、この前『僕は敬虔な光と力の神・リディアの信者ですから』と言っていなかったかね?」
「気のせいでしょう。それでは、まだこの二人から話を聞き終わってはおりませんので。失礼。ほら行くぞ、二人とも」
 そうまくしたてると、フェリスとジュリアスの背中を力いっぱい押した次の瞬間、誰よりも速くラディウスは走り去って行った。

「……ふぅ。逃げ切ったな。まぁ、気にするな。よくあることだ」
 ラディウスは爽やかに笑顔で言い放つと、フェリスとジュリアスの肩を両手で叩いた。
 言っている事がジュリアスとラディウスはそっくりだ。
「まったく、いつもああなの? あれでよく首席で居られるよねぇ」
「必要以上どころか、必要な努力すら惜しむあたりはジュリアスの血縁だと思わせるが。……まぁ、面倒くさがりなのは、僕も人の事は言えないか」
「ああいう時は、勢いのあるほうが勝ちなんだぞ」
 小悪魔的な顔でにこにこ笑っていたラディが少し前を歩き、少し間を置いて真面目な顔をして言った。
「……で、ヴァルシアに聞いたんだが、お前ら何かあったのか?」
「まぁね」
 ジュリアスは言葉を濁した。確かに、ヴァルシアの占いの中にラディウスの姿があった以上は無駄かもしれないが、必要以上に迷惑をかけたくなかったのだ。2人とも、感覚的にこれからも何か危険なことがあると分かってしまった。昨日のように。
 フェリスも口篭もって言いにくそうに黙っていただけだった。
 途端にラディウスは叱りつけるような顔をしてフェリスとジュリアスの肩に手を置いた。
「あのな、お前らは迷惑かけたくないとか何とか思ってるのかもしれないけどな、そんな遠慮する仲じゃないだろ。特にジュリアス。お前は俺の従弟で、本当の弟みたいなものなんだからな。まぁ、フェリスもそんな感じだ」
 諭すような口調でそう言ったラディウスは、優しい視線を2人に向けた。
「だからな、何があったか俺に言ってみろ。何か危ないことがあっても自分の身くらいは自分で守れるから、心配するな。」
 フェリスとジュリアスをじっと見つめて言った今のラディウスからは、いつものふざけ半分な態度は微塵も感じられない。
 堂々と在らねばならないときは人が変わったようになったりして変化が激しいが、そんなラディウスがフェリスもジュリアスも好きなのだ。
「うん……フェリス」
 ジュリアスが促すと、フェリスが話し始めた。
「ラディ。エレインのことは憶えているか?」
 少しの間を置いてから、思い出したらしくラディウスは口を開いた。
「ああ、あの子ね。可愛い子だったよなあ。俺の妹もあれくらいかわいけりゃ……」
 フェリスは延々と続きそうなラディウスの愚痴を遮って続けた。
「それはともかく、僕は2日前にエレインの夢を見たんだ。エレインは14、5歳くらいになっていて、『もうすぐ会える』って言ってた」
「ほー……あ、それでか。だからヴァルシアに占ってもらったんだな。お前が夢を見たなんて言ったら、ほぼ100%予知夢だったからなぁ。それでどうした?」
 愚痴を止められたラディウスも、手を打って昨日のことを納得した様子だった。
「で、父さんに占ってもらったらさ、あの大きい木があるでしょ?クレーマーの土地に。あれの周りになぜか僕ら3人と、王子たちがいたんだ。それからあそこから凄く眩しい光が溢れてきてさ、その光の中にエレインがいたわけさ」
 大きい木やら溢れる光を現すのに、大袈裟な身振り手振りで話すジュリアスを呆れ顔で見つめるフェリスがいた。
「ふーん、じゃあさ、本当は秘密なんだがな、俺は今から王子たちに呼ばれたんで城に行くんだ。一緒に行くか?」
「は……? それとこれと何か関係があるのか?」
 フェリスは全く関連性の無さそうな話を聞かされ、かなり間抜けな顔をして聞き返した。
「ほら、お偉いさんに聞けばいいじゃんか。いいか?学者連中って奴は普段、偉そうにふんぞり返って椅子に座ってだな、悠々と毎日好きな本を読みまくってるわけだが、役に立つときは役に立つんだ。こういう時に奴らを利用しないでどうする」
 また意地悪くにっこりと笑い、完全に国の学者を馬鹿にして自信満々に言い放った。それはフェリスやジュリアスも長い間思っていたことだったので、学者たちを哀れに思って苦笑しつつも頷いた。
「じゃ、行くか。授業は完璧にサボりだ」
 その後、学習院から出るためにほとんど時間がかからなかったことは言うまでも無い。部外者が入り込んでいても分からないような所なのだから。

 学院から出て街道を歩いている途中、ちょうど今が昼食時だと気付いた3人は、近くの露店で『クイル』と呼ばれる食べ物を買った。
 小麦粉と水だけを練って焼いた生地で、鍋で煮詰めたトマトソースとポテト、とろけそうなチーズを包み込んで熱いまま食べるのが美味いと、ミールで評判の手軽な軽食だ。庶民の味にも、3人とも意外と慣れ親しんでいるのだ。
「ところでラディウス。何で王子たちに呼ばれたんだ?」
 あいつらとは、ラディを呼んだ王子たちのことを指しているのだろう。フェリスがクイルを食べながら言った。
「ん?ああ、何か相談したいことがあるんだと。あいつらの親父――というか国王殿下の様子がどうのって。」
 やはりクイルにかぶりつきながらラディウスが答えた。
「殿下が?へぇ……再婚でもする気になったかねぇ」
 ジュリアスが眉をひそめて呟いた。
 ファイール国王――レイディアは17歳で結婚し、翌年2人ずつ王女と王子を授かった。そして、24歳で妃殿下と死別したのだ。ファイール妃殿下は4人目の子供を産んだ2年後に病に冒され亡くなった。それはもう7年前のことだ。
 それからレイディアは再婚の申し込みをすべて聞くことすらせずに、その度に重臣に向かって言ったのだという。『我が妻は彼女のみだ』と。赤面するような台詞だが、本心から出た言葉なのだろう。
「まぁ、あの人は再婚なんて考えないだろうし、反対するとしてもそれはフェリクールだろうな」
「お兄ちゃんが弟より落ち着き無いんだもんね。その上、明らかにファザコンだし」
 フェリスもジュリアスもお互いの言葉に頷き合った。
 城は、街の中心の少し盛り上がった高い土地にある。3人はそこへ向かっていた。学習院を出てから約20分行くと、城門に着く。そこには2人の兵士が門番として立っていた。おそらく下級兵士だろう。
「通行許可書をお出し下さい」
 城門の前に立っていた若い兵士がフェリスたちにそう言った後、隣にいたもう一人の少し年上の門番が顔色を変えて小声で若い兵士に耳打ちした。
「おい! ほら、あの方たちは……」
 フェリスとジュリアスを交互に見ながら年上の兵士が呟く。ラディウスはあまり見ていない。
「……え!?」
 その瞬間、若い兵士の顔色がみるみる変わっていく。
「あ! どうぞどうぞ。お通り下さい!」
 年上の兵士が媚びたような口調で作り笑いを浮かべ、愛想良くそう言った。
「いやぁ、便利だねー。フェリス。」
「そうだな。ジュリアス」
 そう言って、フェリスとジュリアスがにこやかに互いを見た。
「……なんか、一人悔しさがこみ上げてきたぞ……」
 一人貴族ではないラディウスは横目で二人を見ながら呟いた。
 まだ家督を受け継いでいないにしろ、フェリスもジュリアスも意外と顔を知られているので何の問題も無く城内に入れるので、何も手続きを踏まなくてもいいので実に楽だ。
「まぁ、いいや。で、あいつらは庭で待ってるって言ってたっけな」
 ラディウスの言葉を聞きとがめたフェリスが聞き返した。
「でも、どうやって入るんだ? 秘密なんだろう。入り口から入ったら絶対庭師に見つかるし……」
「で、どうするの?」
 ジュリアスもラディウスを見てそう言ったが、ラディウスは満面の笑みを浮かべて自信満々に言い放った。
「まあ見てな。どうやって入ればいいかあいつらに教えてもらった」
 得意げな顔をしたラディウスは、フェリスよりも目線が下なのにも関わらず見下しているようにフェリスには見えた。ジュリアスは元々見下ろされいるが。
 ただ、2人はラディウスのいいところも知っているため、それが嫌味に映ることはなかった。
「ラディウス!」
 フェリスとジュリアスが、歩き出したラディウスについて行こうとした時だった。
 突然高い声がしたので3人が振り返ると、ラディウスに向かって小さな子供が走ってくる。
 その子供はラディウスに抱きつくと、そのまま動かなかった。その背丈はラディウスの胸に届くか届かないかくらいだった。「久し振りだなぁ、アル。いい子にしてたか?」
 そう言ってラディウスがアルと呼ばれた子供の頭を撫でてやると、アルは抱きついた姿勢のまま埋めていた顔を上げて、大きな青い瞳でラディウスをじっと見た。男の子だった。
「うん、勉強もちゃんとしてるよ。兄様よりがんばってるんだから!」
 そう言ったアルは、濃いめの銀髪に真っ青な瞳をしていて、実に可愛らしかった。色の白い肌を上気させて一生懸命に話す、途方もなく愛らしい姿を見ていると、見ている側も自然と顔がほころんでくる。フェリスは犬のようだとも思った。
 少年はラディウスに抱きついていた腕を放し、フェリスとジュリアスに向き直った。
「ひさしぶりだよね、フェリス。ジュリアスも。何しに城に来たの? それともラディウスにひっぱって来られたとか?」
 アルの耳には、六芒星が入っている黒く透明な石の耳飾りが光っている。その黒い石はファイール王族にのみ与えられる、法力の込められた宝珠だ。
 「兄様」と言っていた所から見ると、ファイールの第2王子で一番末っ子の、アルフィード王子らしい。
「何を言うか。俺が引っ張ってきたとも言えないわけじゃないけど、誘ってきたんだぞ」
「めずらしいね。いつもなら嫌そうな顔した2人を強引にひっぱってくるのに」
 アルフィードは、可愛らしいが意地の悪い笑みを浮かべた。その表情はラディウスにそっくりだった。
「ねぇ。アルってさ、人見知りするけど、一度慣れるととことん懐いてくるよね。まぁ可愛いからいいけど」
「アルが生まれた時には、もうラディのあの性格は出来あがっていたから、かなりの影響があったんだろうな。おまけにあいつはアルの従兄だ。お兄ちゃんやって可愛がってたんだろうな。普通のお兄ちゃんかどうかは知らないけど」
「もしラディウスがいなかったら、どんな子になってたんだろうね……」
 フェリスにとってもジュリアスにとっても、自分より7歳も年下のアルは可愛くて仕方が無い弟のようなものだ。実に典型的なひとりっ子体質で、ひとりっ子で良かったと思っているフェリスですら、アルフィードのような弟なら欲しいと思うほどだ。
「お前ら寄ってたかって……確かにいつもがいつもだから反論の余地は無いような気はするけどさ」
 むすっとして言っていたが、言い終わるといじけた顔をして、不満げな視線をフェリスたちに送るだけだった。
 ラディウスは、フェリスやジュリアスにとって面倒見のいい兄のようなものだが、今までよく王宮内や街中を無理矢理連れまわされたりしていたので、最近は同時に大きな弟のようでもある。
 ジュリアスは、いじけているラディウスに「いい年して」と呆れながら呟くと、アルフィードに話しかけて話題を変えた。
「ねぇ、フェリクールは?」
「兄様? ああ、今ごろどこかで怒られてるか、追いかけられてるんじゃないの? 多分そのうち聞こえると思うよ」
 ジュリアスを見上げながら無表情に冷めた口調で言うアルフィードだった。それを聞いた3人にはフォローのしようもない。「聞こえるって、何が?」
 アルの言葉に疑問をおぼえたフェリスがそう聞いたその時だ。
「フェリクール王子!まだお勉強の途中ですよ!!」
 王宮の若い学者が声を張り上げてフェリスたちの方へ走ってくる。確かあれは学者の中でも一番若い、オーウィンだとフェリスが気付いた。オーウィンとフェリスたちの間にはアルフィードより少し年上の、フェリクールと呼ばれた少年が走っている。どうやらオーウィンから逃げているようだ。
「ほら、ね」
「捕まえてやるか。……オーウィンもあいつのせいで年寄り連中にいびられるんだろうな」
 そう言いながら、ラディウスは悠長にフェリクールに向かって歩き始めた。
 フェリクールは近づいて来るラディウスに気付くと、避けるために曲がろうとした。だが、それまでかなりの勢いがついていたのでバランスを崩して倒れてしまう。
「うわぁ!」
「オーウィン、フェリクール捕獲完了」
 なおもフェリクールは逃げようとして急いで起き上がろうとした時、ラディウスに捕まえられてしまう。最初のうちは手足をばたつかせていたが無駄な抵抗と悟っておとなしくなった。
「ああ。ありがとう、ラディウス。何にしても僕は上からいろいろ言われるんだろうなぁ・・・」
 オーウィンは立ったままうなだれた。ジュリアスがその肩に手をを置いて「気にしない方がいいよ」と言うと、フェリスが深く頷くのが見えた。
「お前も苦労人だよなぁ」
 フェリクールを捕まえた手を離さずにラディウスがオーウィンを見上げて言った。
「そうなんだよ。フェリクール王子と上司に挟まれてそりゃあもう。この前なんてさ……」
 オーウィンとラディウスが話している間に、アルフィードが地面に座っているフェリクールの前にかがみこんだ。
「兄様、そんなに逃げたい?」
「当たり前だろ? 今日はラディウス呼んだしさ、約束破るわけにはいかないな、と思って……」
「お勉強の時間も立派な約束です!!」
 フェリクールとアルフィードはかなり小声で話していたのだが、オーウィンは聞こえていたようだ。聞こえたのは自分に関係あることだけだったかもしれないが。
「地獄耳……」
「それは兄様のせいだと思うよ……ねぇ、逃がしてあげようか?」
 フェリクールが何か言う前に立ちあがると、アルフィードはオーウィンの服を引っ張った。
「ねぇ、オーウィン。ちょっとでいいから兄様貸して」
「え、でも、お勉強は」
「ちょっとでいいからさ。勉強も僕が兄様のを手伝うよ……だめ?」
 アルフィードは捨てられた子犬のような目をしてオーウィンを見た。あまりの可愛さにオーウィンが折れた。
「……少しだけですよ」
 ため息混じりにそう言ったオーウィンに、アルフィードは満面の笑みを浮かべてにっこり笑って言った。
「ありがとう!」
 城の方へ去っていくオーウィンを見届けると、アルフィードはすぐにいつもの無表情に顔を戻した。
「かんぺき、かんぺき」
 そう言って猫のように伸びをしたアルフィードにジュリアスが笑って言った。
「演技派だねぇ。オーウィンはアルに弱いもんね」
「お前、9歳でそんなに使い分けしてどうするんだよ」
 フェリクールも呆れて言った。やっとラディウスに放してもらえたので、服を払いながら立ち上がった。
「兄様は使いわけしなさすぎだよ」
 それに対してアルフィードは、横目で冷たく言い放った。別にフェリクールが嫌いなわけではないのだが、どうしてもこうなってしまうらしい。
「さて、やっと本題に入れるな。レイディア殿下がどうかしたのか?」
 「レイディア殿下」の部分をいやに強調している。いつもなら彼は「レイディア」と呼ぶのだが、かわいい従弟たちを困らせている元凶らしいので、本人はここにいないが、わざと皮肉を込めてやっているようだ。
 フェリクールとアルフィードの前にかがみこんで目線を合わせてやる。フェリスとジュリアスを気にしているのだろう。二人は互いに顔を見合わせた後、アルフィードが声を潜めて話し始めた。
「……うん。父様がね、おかしいんだよ。今までの優しい父様じゃなくなっちゃった。国としては不都合があるわけじゃないし、何でもないってことになってるけど、僕たちや姉様のことを気にしなくなったみたい。……父様は、僕たちのこと嫌いになっちゃったのかな?」
 フェリクールは、今にも泣きそうなアルフィードの頭を撫でながら言葉を続けた。
「それ以外は普通なんだ。心の病気だったら、体とかにもおかしい所があるはずなんだって医者が言ってた。どうにかならないかな? 俺たち、城にいたって相談する人はあんまりいないし、息苦しいんだよ。姉様たちも元気がないんだ」
 ラディウスが少し目線を外して考えていると、ジュリアスが言った。
「今、殿下には会えないのかな? 精霊とか魔族とかが関わっているなら、何かわかるかもしれないし」
「会えるよ。でも、僕たちは何もわからなかった……」
 ジュリアスはフェリスの肩を引き寄せて、自信満々な顔でにっこり笑った。
「大丈夫だよ。なんていったって僕たちなんだから!」
 アルフィードとフェリクールは顔を見合わせて、自意識過剰とも思えるジュリアスを笑った。

 

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