Tale3

「ねぇ、フェリス。僕ひとつ思い出したことがあるんだけど。」
 フェリスとジュリアスが講義を終え学習院からの帰途についた時、突然ジュリアスがそう口を開いた。
「何か?」
「思い違いだったら幸せなんだけどね、エレインってさ、耳とがってなかったっけ?」
 ジュリアスの言う意味が解らずしばし考えていたフェリスだが、解ったらしく顔をしかめ、口を手で押さえて小さく言った。
「・・・それは、エレインがエルフか、ハイエルフか、そのどちらかのハーフだってことを言いたいのか・・・?」
 その言葉に頷き、にっこり笑ってジュリアスは言った。
「ま、そういうこと。」
 エルフとハイエルフとは、一般に妖精の中のひとつに数えられている種族で、肌は透き通るように白く、その耳は長くとがっていて、人間の何倍もの寿命と法力を持っているとされている。美しい容姿と強大な力を持つ者たちだ。もちろん、ハーフとはそのエルフもしくはハイエルフと他の種族の血が混ざった混血児のことになる。
「・・・・・・。」
「まあ、恋に障害はつきものってことで。ほら、いつもテンションの低い君が更にブルーになったらいいとこなしじゃないか。」
 そして、けなしているとも慰めているともつかないジュリアスのフォローが入ってその話は終わった。

「あらあらそこのおにーさん。シケった顔してどうしたの?」
 それは翌日、ジュリアスの父の予定が空いているというので、フェリスがジュリアスに連れられてウィンクル家の屋敷に出向いたときのことだった。
 門を入り、綺麗に整備された道を歩きながら、道の脇に咲いている色とりどりの花を鑑賞しつつ屋敷に向かうその間はよかった。
 だが、いざ屋敷を目の前にしてみると、フェリスの脳裏には昨日ジュリアスの言った「エレインがエルフの血を引いている説」が蘇ってきた。顔つきも自然と沈んでいたが、とりあえずそのままふたりは屋敷に入った。
「ただい・・・」
 ジュリアスがそう言い終わる前に、ちょうど玄関を横切る形で歩いていた女性が発した言葉が先程の言葉だった。
 その女性というには年若い少女は見た目は実に美しく、淡い銀髪とビスクドールのような白い肌が合わさって神秘的だったし、透き通るような薄い青の目も輝くようだった。その上すらっとした手足と華奢な体とが優美な線を描いていて、身につけている白い柔らかなドレスは彼女のために作られたもののようにしっくりなじんでいた。
 まるで非の打ち所のない容姿だった。そして、女性であるということ以外はほとんどジュリアスと同じ外見をしていた。
 彼女こそがジュリアスの双子の姉であるアンジェリアだ。
 フェリスは、昔からアンジェリアが苦手だった。明朗快活で天真爛漫なのはジュリアスとそっくりだというのに、アンジェリアはそれに加えて人をからかうのが大好きなのだ。そして何より頭がいい。フェリスの考えをいつも読んでいるのだ。ジュリアスもそうだが、アンジェリアはもっとひどい。そんな人間はジュリアス一人で十分だというのに子供の頃からひっついてくるものだから、うっとうしいを通り越してもうどうでもよくなっていた。
 それでも人に嫌われることがないのは彼女の明るい性格に助けられてのことだろうが、容赦がないのは慣れた人間にだけだからだろう。
 そしていつの間にかヴァルシア―ジュリアスとアンジェリアの父親―の部屋に向かうのにアンジェリアも同行してしまっていた。
「だからごめんってば!悪気はあんまり無かったのよ、もう。だってフェリス、実際あなたったらすっごく沈んだ顔して家に入ってくるんだもの。」
 けらけら甲高い声で笑いながらアンジェリアがそう言った。とりあえず台詞としては謝っているのだが、顔が笑っているのでまったく説得力が無かった。
「"あんまり"ってのが気になるけどもういい・・・」
 さっきのアンジェリアの台詞でかなりがっくりきたフェリスは、明らかに疲弊していた。
「アンジェちゃん、ただでさえフェリスはわけあって沈んでるんだから、更に追い討ちかけてどうするの。」
 少し怒ったような顔をしてジュリアスがアンジェに食いかかった。
「だって、とっさに出ちゃったのよ。仕方ないじゃない」
 同じ顔を突き合わせて口喧嘩をする二人の姿はなかなか面白いものだったが、なんだかフェリスは笑う気力もなえていた。
 少しばかり言い合いは続いたが、馬鹿らしいと思った二人は自然に口を止めた。
「で、恋する少年は純情なのね。」
 ウィンクル家に来た理由をフェリスに説明されて、からかうようにけらけら笑いながらアンジェリアが言った。少し赤くなってフェリスはアンジェリアを睨んだ。ごめんごめん、と言いながらもアンジェリアはまた笑っていた。
「でも、お父様が何も予定がないなんて、珍しいこともあったものね。」
「そうだな・・・父さんは今日、白兵部隊内で会議があると言っていたんだが。」
 王宮に仕えるフェリスとジュリアスたちの父は、本来なら毎日のように忙しいはずだった。しかもどちらとも部隊長の任についているので忙しさも並みではない。
「ま、とりあえずお言葉に甘えておきなよ。あんまり深く考えずにさ。」
 にっこり笑ってそう言ったジュリアスの横で、同じ表情をしたアンジェリアが頷いていた。

 ヴァルシアの部屋についたのか、ジュリアスとアンジェリアがひとつのドアの前で足を止めた。危うくフェリスは行きすぎそうになって急いで戻った。
 大きく、丈夫そうなドアをジュリアスがノックすると、中から優しげな声が返ってきた。
「どうぞ。」
 重そうな外見に反してそのドアは以外にも軽いキィ、という音をあげただけで開いた。
 その部屋は、飾り気はあまりなかったが、質素ながらも優しい空気が漂っていた。住む人間の人柄によっても部屋の雰囲気というものは違うのだが、この部屋の主人を知るフェリスはその雰囲気を当たり前のように受け止めた。
「こんにちは、久し振りだねフェリス。ブローディアは元気にしているかな?仕事で会うことも最近少なくなってしまったからわからなくてね。」
 そう言いながら親しげに笑いかけ手を差し出してきたのは、どこからどう見ても20代後半にしか見えない男性だ。
 だが実際は、今年で38歳になった3人の子供の父親であり、ウィンクル家の当主である、ヴァルシア=シェリア・ウィンクル氏だ。王宮に近衛兵団の魔導師部隊長として仕えている。明らかにジュリアスとアンジェリアの血縁だとわかる淡い銀の髪と青い目、華奢な体つきをしていた。その割に背は高く、6フィート(約175cm)はあるフェリスより更に2インチ(5cm)程高い。
 いつも人々に安らぎを与える微笑を絶やさずにいるヴァルシアも、一度戦場に出ると人が変わったようだと言われ、今では
"戦神"との異名を取っていた。
「お久し振りです、ヴァルシア小父様。父さんは元気ですよ。年に負ける気配もなく。」
「それはよかった。」
 ヴァルシアとフェリスの父ブローディアは、仕事柄一緒にいることも多く仲が良かった。子供同士も会う機会が多かったので今も親子ともに両家の間には友好的な関係が続いている。
「今回は、不思議な夢を見たと、そう言っていたね。こっちに来て。さ、椅子にかけて。」
 フェリスに椅子を勧めながら自分も席についた。ジュリアスとアンジェリアもすぐ近くの椅子にそれぞれ腰掛けた。
「じゃあ、その夢について診ればいいんだね?」
「その前に父さん、聞きたいんだけど。」
 突然にやにやしてジュリアスがそう言った。
「今日ってさ、相手がフェリスだから予定を空けたんでしょ。無理矢理にでも。」
「・・・どうして、そう思う?」
 ヴァルシアもにやりと笑った。
「父さんは僕とかアンジェちゃんによくフェリスの事を聞いてた。その質問は、今考えると法力に関するものだったような気がする。たとえば・・・"あの子は集中力のある子かい?"とかね。集中力は、精霊を呼び出すのに大事な要素の一つだ。
 僕もフェリスには僕くらいの力があるんじゃないかと思っているんだけど、父さんはもう少し他に何か感づいて、推測しているみたいだ。もしくは、その推測を確信にしたいんじゃない?」
 ヴァルシアはジュリアスとそっくりの笑顔をして満足そうに頷いた。
「その通りだ。・・・フェリス、私は君に何かを感じる。君の力は人間の法力というより精霊たちの法力に近いように感じる。ジュリアスもそうだ。君や、息子の様な人間は、今までに何人かいた。その人々は、精霊の生まれ変わりだと言われている。」
 フェリスは唖然としていた。フェリスは理論や一般教養、武芸では優れていたが、魔導の実技となるとジュリアスの方がずっと上だった。フェリスはその点、中の上ぐらいだった。だからそんなことを言われるとは思わなかった。
「フェリス、君は今まで予知夢のようなものを見なかったかい?そんなに大それたことでなくていい。明日の天気は晴れだとか曇りだとか、そういうことでいい。」
 思い返してみると、何度もそういうことがあった。天気だけではなくこれから起こるさまざまなこと、たとえばフェラルドがミールにやってきたときもそうだった。初老の男が自分に向かって笑いかけてくる夢を見た。そして彼に言われたことも一字一句違いはなかった。そんなこともあった。
「はい・・・ありました。何度も。」
「やはりか。無理を言って暇をつくった甲斐があった。ああ、君は気にしなくていい。私が勝手にやったことだ。」
 そういうと、フェリスとヴァルシアとの間にあるテーブルの上に置いてある大きな器に水差しから水をそそいだ。
 フェリスは水面を覗き込んでみた。静かに張りつめた水はフェリスを映しこみ、鏡のようだった。
「これは、風(ヴァン)の精霊を呼んで、彼もしくは彼女が見た映像を映し込むものとして使う。水晶玉でも、ガラスでも何でもいいけれど、一番自然の姿に近いものを使った方が精霊との相性がいいんだ。」
 どうしてか、その理論が妙に素直に受け止められた。ガラスはともかく水晶はある意味では自然の姿に近いだろう。なのにさも媒介が水であることが当たり前のように感じた。
「そして君は、自分の見た夢が何を意味しているのか知りたいんだったね?それを強く頭の中で思い描いていてくれればいい。」  フェリスは頷いた。
 ヴァルシアは軽く目を閉じた。おそらく風の精霊に"力を貸して"と願っているのだろう。精霊を呼び出すには呪文も何もいらない。ただ強く願えば精霊は力を貸してくれるのだ。この世界のどこにだって、精霊たちは息づいているのだから。
 ヴァルシアの長い髪が揺れた。風の精霊でもかなりの高位精霊を呼んだらしく、目を開けていられないほどのものすごい風が部屋中に吹き荒れた。部屋の中に物が少ないのは吹き飛ばされないためかもしれない、と冷静にフェリスは思った。
 風はまだ強かったが、少しおさまってきていたので目を開けるとそこには色のない、透明な存在があった。女性のようだった。美しく、形ははっきりと見えたがおぼろげなようにも思えた。人間だと耳がある位置に、鳥の羽に似たものがあった。それが風(ヴァン)の精霊で在る印だ。
 風が完全に止むと、精霊はフェリスに微笑んだ。その腕を優美に振ると、きらきらと光る雫のようなものが水鏡に落ちて消えた。それと同時に精霊も消えていった。
「さぁ、水鏡を見てごらん。」
 ヴァルシアに促されるままフェリスは水鏡を覗き込んだ。ジュリアスとアンジェリアも覗き込んだ。
 フェリスが見たものは、草原の中に立っている老木の周りに、自分とジュリアス、他にも同い年くらいの少年と、それぞれ茶色い髪と濃い銀髪を持った10歳くらいの少年2人がいた。そして何をしているかはよくわからないが、何かしているうちにその老木が光を放ち、その光に自分たち5人が飲み込まれるというものだった。
 しばらく眩しい光が水鏡に映りつづけていたが、一瞬エレインの姿が見えた。それは、フェリスが夢に見た14、5歳くらいの姿だった。彼女は柔らかく微笑み、光の中に消えていった。
 残念ながらエレインの耳はとがっていたが、それは仕方のないことだった。
 しばらく黙っていたフェリスだったがその沈黙を破ったのはジュリアスだった。
「・・・耳、とがってたね・・・」
 真面目な顔をして言うものだから、フェリスも真面目に返してしまった。
「それは言うな・・・」
 「エレインがエルフの血を引いている説」を知らないヴァルシアとアンジェリアは不思議そうな顔をしてそのやりとりを見ていた。

「ああ、でも何であの映像の中に私はいなかったのかしら。そんなに私のこと嫌い?フェリス。」
「嫌いというより苦手。」
 はっきりそう言われると、アンジェリアはけらけら笑った。
「そういうはっきりした所が好きなのよ、私は。」
 今度は女の子らしく口許を押さえてくすくす笑っていた。
「アンジェちゃんがいないのは置いといて、あそこにいたのは僕たちとラディと王子たちだった。何か意味深じゃない?」
 ジュリアスの言っていることが今一つ掴めず、フェリスもアンジェリアも首を傾げた。
「自画自賛したいわけじゃないけど、僕たちを含めあの5人は学習院内でも有名なエリート学生だよ。そろいもそろって、ね。」 確かにそうだ、といいかけてフェリスは押し黙った。自分くらいは少し謙虚でいようと思ったのだった。
「おかしいと思わない?ふたりとも。」

 

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