Polomerria−Brotherhood 2−
紫水のマンションは私が家を出た後に借りたものだから、私はどこにあるのか知らない。
だけれど通る道は、私が知り尽くした懐かしい道でもあり、私の居ない3年間の間に変わり果てた道でもあった。
空が少し高い気がした。東京の空よりずっと。
私がここで望むものは、とてつもない高みにある気がして。
きょろきょろし続けていると、いつのまにか前を歩く紫水が足を止めていた。
「おい、真昼。ここだぞ」
「ああ……うん」
煉瓦造りの綺麗なマンションだった。私は見たことがない。新築か。
だとしたら、勘当されたも同然の、美容師の給料だけで生計を立てている紫水がどうしてこんなマンションを借りられるのかは不思議だ。
エレベーターで上っていく。高い所から見た街は、いつもとは違うもののような気がする。
がちゃがちゃと鍵の音を立てて開いたドアの先には、独り身の男が住むには広すぎるくらいの部屋が広がっていた。
「……あんたさ、実は女と同棲してたりしない?」
「してないしてない」
あまりの広さに私は不信感を抱いた。別にここが特別広いわけではない。紫水の実家の方が何倍も広い。
でも、たった一人の人間が住むには広すぎる。――2人でもまだ広いが。
家の中に入っていく紫水について行くと、そこには、天窓を越えて空から注がれる眩しい光の溢れる、あたたかな部屋があった。私は促されるままソファに座って、そして一瞬、頭が真っ白になった。
眩しいほどの光は、私には似合わない気がしたから。
いつからだったろう。私が兄を避けはじめ、兄と話すこともなくなり、私が荒れて行ったのは。
兄は中学に入ってその頭角を表し始めた。その頃私は9歳だった。その頃は良かったが、私も同じ市立中学に入り、同時に兄が卒業していくと、嫌でも私は兄と比べられた。兄があまりにも秀ですぎていたので、運動が多少得意だっただけであとは中くらいだった私の能力は中くらいとは思われず、ずっと低く評価された。
兄と比べないで欲しかった。それだけだった。多分、それがきっかけだ。兄が憎かったわけではなかったし、兄のことは前と変わらず大好きだったと思う。でも、どうにもやりきれない気持ちが私を変えた。私は学校にも行かず、時には喧嘩をしたり兄に暴言を吐いたりして鬱憤を晴らすようになった。
不良といわれるようになった。
今の私には、あの頃のその行動が意味のあることだったか、はたまた馬鹿らしく無駄な時間だったかは解らないが、それなりに楽しかったと思う。類は友を呼ぶとはよく言ったもので、中学2年になった頃、私は同じく「不良」と呼ばれるグループのリーダー格で、私より2歳年上の紫水と知り合うことも出来た。
紫水は、不良と呼ばれる人間とあまり大差ないのだが、つかまるようなことはしなかったし、基本的に喧嘩はしなかった。大抵は授業をフケたり、教師や親に反発してみたりする程度だった。ただし、売られた喧嘩は買っていた。
彼は昔、何かしたかったが何も出来ない自分にいらついていたと言っていた。そして、自分は不良でいても、普通に生きても所詮は半端者なのだと。私も自分自身のことを半端者だと思っていた。
紫水と私は似ていたと思う。紫水は父親と、私は兄と比べられ続けていた。何でも、紫水の父親は一代で大会社を築きあげた人だった。わたしも紫水も興味が無かったので、あまり知らない。
紫水も私と同じように自分とは違う存在と比べられつづけてきたのだ。
私たちはお互いそんな境遇にいることを知り、すぐに意気投合した。でも、不思議と好いた惚れたのような感情はお互いにわいては来なかった。あの時は、友達としてだからこそ一緒にいられたのだ。今はどうかわからないが。
そして3年前、私は珍しく兄と出歩いていた。
あれは真夏の暑い日。確か、兄が私の誕生日に何か買ってくれるというので一緒に買い物に行った帰りだった。母にも父にも2人で出歩くのは止められた。私が暴れつづけてきたツケが今回って来たのだ。
もう私は年齢的に不良を抜ける時期だったので、まだ止めてはいなかったものの多少はまともになっていたが、私が一緒にいるということで兄の評価も下がるのではと思っていたらしい。
でも兄は誕生日だから、と両親を言いくるめて、渋々ながら両親も許してくれた。
その時もしも紫水がそこにいれば話は別だっただろうが、その時ばかりは私も本能的に"ヤバイ"と思った。
見通しの利かない暗い夜道での出来事だった。
何時の間にか通り道を塞ぐように、私と同年代の数人の男が立っていた。
顔には見覚えがあった。地元でも有名な、凶暴と言われているグループだった。ほとんど怖いものなしで飄々としている紫水も、さすがにこいつらにだけは何があっても関わろうとしなかった。
多分、悪酔いしているのだろう。そして、誰かを殺す妄想でもしているのだろう、と嫌に冷静に脳が働いた。
その時彼らは、バタフライを構えながら私たちを見てにやにや笑っていた。今度こそ死ぬかもしれない。そう思った。
喧嘩慣れしている私だけなら、最悪でも逃げることだけは出来るだろうが、兄が一緒ではそれも無理だと思った私は、思わず叫んでいた。
「兄貴、早く逃げて!」
何だかんだ言って、誰にでも優しくて、それでいて自分を持っていた兄を私は他の誰よりも尊敬していたし、大好きだった。 本当は、他の誰よりも。
ただ表には出さなかっただけだ。私が兄を避けていたのは、八つ当たりだったのだと思う。ずっと兄と比べられていたために現れた、やりきれない気持ちを兄にぶつけたかったけれど、それはお門違いだと自分でも分かっていた。だからイライラが募るばかりだったあの頃の私にできた、せめてもの反抗。
家ではいつも無口な私の、声を張り上げての叫びに兄は驚いたようだった。だが兄は頭を振って優しく微笑み、私と彼らの間に私を守るように立ちはだかった。
その時の兄の表情は、よく見えなかったが、今まで見せたことの無いほど険しいものだったように思う。
一瞬、声が出なかった。声は何の為にあるのだろうと思った。
止めたいのに、体が動かなかった。私は怖かったのだろうか?
兄さん。兄さん。
馬鹿みたいに心の中で叫び続けた。
兄さん――。
ものすごく長く感じた。私が声を出せずに、動けずにいる間、彼らは兄さんに向かってナイフを付きつけて走っていた。
でも、本当は何秒かの時間だった。
背の高い兄の、広い背中を見つめていた。小さく兄の呻き声が聞こえ、鈍い音がした。背中から、切っ先が見えた。
その後は覚えていない。何時の間にか私は少し怪我をして、誰もいない道に、倒れた兄の前に立っていた。
そこには、私以外に誰も生きていなかった。
私は兄を抱きかかえて家に帰った。不思議と、体格のいいはずの兄の体は重くなかった。普通は、重くなるはずなのに。
兄はもう生きてはいないのだから。
何も感じなかった。色も、音も、重さも。
ごめんなさい。ごめんなさい。
ごめんなさい。
その後、家に帰った私は両親に何があったのかと聞かれ、説明した後もらった言葉など無く、もらったのは父の平手だった。
痛くはなかった。
それからは、私の周りが慌しかった。私は、ただ見ているだけだった。かやの外から。
血縁皆が集まって、葬式をやった。沢山の人が来た。どうしてあんなに愛されていた人が、たかが私なんかの代わりになって死んでしまったのだろう。
兄さん。最後に貴方は笑っていたような気がするけれど。
誰もが悲しんでいたけど、多分その中で一番悲しんでいたのは私だったと思う。悲しみがあまりにも溢れると、涙さえ出ないことに気付いた。
私には私の命と、親族からの手痛い中傷だけが残った。
私だけが生き残ったことに対する中傷が。
私は、逃げた。急いでお金と、自分の預金通帳と、ほんの少しの着替えと、そして兄が買ってくれたプレゼントを持って。
新しいピアスを持って。
私は逃げた。
別に私に向けられた憎しみの、あるいは蔑みの言葉が痛かったわけじゃない。
兄の死から逃れたかった。忘れたかった。忘れた振りをしていたかった。
私は、とりあえずその街を離れた。電車に乗って、遠くまで行った。行きついたのは、東京だった。好都合だった。家を借りるのにお金は要るが、誰も私を知らない。
誰も私の兄と私を知らないところに行きたかった。
そして私は小さなマンションを借り、あとほんの少しで卒業だった高校にも行かず、アルバイトをして生計を立てた。何人かの友人も出来た。今までで一番まともに生きた時間だった。
東京に出て2ヶ月くらい経った頃だろうか。私はふと紫水のことを思い出した。
それから紫水にだけは手紙を出すことに決めた。親には出したくなかった。私が自分を覚えていて欲しいと思えたのは、紫水だけだったから。
ひと月に1回くらい手紙を出した。この手紙のことは誰にも言わないで、と書いて。