Dearest -1st-
あなたを好きになってから、見えるようになったものが増えました。
あんなにも、人を好きになれることを知ったから。
あれは、何年か前の夏。私がまだ小学生だった頃の話です。
私は5年、6年の2年間を運動委員として過ごしました。
私は決して運動は得意な方ではありませんでしたが、5年の時はジャンケンで負けて、
6年のときは昨年おもしろさを感じたので、自分から入ったのです。
私が5年の時に転校してきた、久我侑生という男子がいました。
その当時は彼と私は何の関わり合いも無く、お互い存在を知っているという程度でした。
6年になり、私が再び自分の希望で運動委員会に入った時、彼がいました。
目の前にいたのです。
細く華奢な体つき。高くも、低くもない背。幼さを残した綺麗な顔。ふわふわしたくせっ毛。とても、綺麗な人。
私は彼を間近で見た時、ガラスのように繊細な印象を受けました。彼はとても小さな衝撃で壊れそうに見えたのです。
ところが、話してみると正反対。彼はひょうきんで明るく、近寄りがたい外見とは裏腹に、とても人懐っこい人でした。
部活も同じパソコン部を希望していたらしく、委員会、部活ともに同じ場所に居られることになったのです。
彼は、私と他4人ほどにまつりあげられて委員長になりました。私は書記でした。
その時はまだ彼のことを好きなわけではなかったので、多少は俗に言う「うざったい」ような感情を持っていました。
それでも、運動委員でたったひとりの女子委員の私を気遣い、体力の要る校庭整備の仕事も代わってくれたりしました。
他の人も、私の友人でさえも違うと言いますが、私にとっては優しい人でした。
ただ、わかる人にはわかるらしく、彼のことを好きな女子もいました。私よりずっと可愛い子ばかりでした。
私は可愛いわけでもないし、運動も不得意だけれど、それを全てひっくるめた『私』が嫌いではありませんでした。
誰かに好きになってもらうには、自分のことを嫌っていては駄目だと思っていたから。
たとえ大好きにはなれなくても。
そして、7月19日の暑い初夏の日、私の学校では球技大会がありました。
私たち運動委員は、大会の審判をやるのですが、私はルールが良くわからなかったのです。
そのまま試合が始まり、わかる範囲で精一杯審判をやっていました.
でも、見落としが多かったらしく、試合中なのに彼が私のところにやってきて、こう言いました。
「ちゃんとやってくれないと、困るよ」
彼は、顔には出ていなくても明らかに怒っている様子でした。
別に何とも無い言葉だろうと思うかもしれません。私も、否定はしません。
ただ私には、この上なく衝撃的な言葉でした。
私には昔から、優等生のイメージがあり、私もそれを無理に変えようとすることもありませんでした。
そのため私は先生や友達、親に注意されることも少なく、特に男子は私をある意味恐れていたので、何も言うことはありませんでした。
初めてだったのです。他人に怒られたのなんて。だから、その時から私は彼を好きになりました。
優しく、そして厳しさも持った彼に、私は十数年の人生の中で一番強い思いを抱きました。
大好きだった――――。
それからしばらくして、彼はとても人気のある女子に告白して振られました。
その時、妙に安心している自分を見つけました。自分の思考が矛盾していることに気づいたのです。
私はその時までこう思っていたのです。「私の幸せは、大切な人が幸せでいることだ」と思っていたのです。
でも、私はあまりにも彼が好きだったから、そんなことはどうでも良くなってしまったのです。
一番彼について覚えているのは、修学旅行の1日目のことでした。
私たちの学校は、抽選で当てたらしく、一番いい時期である10月に日光へ行きました。
電車とバスで行ったのですが、それは電車内でのことでした。
私はその時、同じ班の男子と話していました。
そこは車両と乗車口をつなぐ通路に面した席で、私は危ないことに、手動のドアの引き込みの当たりに手を置いていました。
そして、通路にいた久我がそのドアを開けた時、私の手がドアと壁の間に挟まってしまったのです。
私はとっさに叫んでしまったので、彼が私に気づいて寄ってきました。
手を引き抜くのにも一苦労でしたが、私の手が抜けてから私の手を見ると彼は眉を寄せて、とても心配そうな顔をして言いました。
「大丈夫?ごめんね」
と何度も何度も彼は繰り返し私に言いました。
嬉しかった。確かに手は痛かったけれど、何よりも、そこまで心配してくれるなんて思っていなかったから。
一度彼は通路に戻り、私は席に戻ってバンドエイドを取りに行きました。
通路とは、ガラス窓で隔てられているので彼を見てみると、
声は聞こえませんが「大丈夫?大丈夫?」と何度も繰り返しているようでした。
私はズキズキする指の痛みをこらえて、笑って「大丈夫」と口を動かしました。
それでも彼は心配そうな顔をしてこっちを見ていたので、私はバンドエイドを張り終えると彼の所に行きました。
そこには、彼の他にも私と彼の共通の友人がいましたが、私は直接彼に「本当に大丈夫だから」と言いました。
そうすると彼は、少し安心したような表情をして、最後に「ごめんね」と小さく呟きました。
血がたくさん出ていたので何度もバンドエイドを張り替えに席に戻る私を見るたび、彼は心配そうな顔をして私を見ました。
心配してくれるのはとても嬉しかったけれど、何だか悲しくなってきました。
優しすぎるくらい優しい人だったから。
それから私たちは窓からの景色を眺めて、友達も一緒に3人で笑いあいました。
彼と一緒にいることが、あの頃の私にとって一番落ち着く時間だったのを覚えています。
今、私には他に好きな人がいます。
久我侑生を嫌いになったわけではありません。むしろ、今でも大好きです。
ただ、久我に対する「好き」よりもっと大きな「好き」を今の好きな人に感じたからでした。
でも、久我を好きになったことは一生忘れないと思います。
あんなにも人を好きになれることを気づかせてくれたのは、他でもない、久我だったのだから。
あなたを好きになってから、見えなくなったことが増えました。
あんなにも、人を好きになれることを知ったから。
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