black 1

 黒い、黒い闇が俺を包み込んでいく。

 振り返っても、そこに在るのは底知れぬ深い闇ばかり。

 けれど、闇(それ)から逃れたいと願うことはないだろう。

 汚れきった自分に、目を背け続けている限り。

「ねぇ邑綺。どぉ今夜? 安くしとくわよ」

 甘ったるい声音で、女が俺に声をかけてくる。

 いつもと同じ、何ひとつ変わらない不変の生活。ただ、俺のそれは“日常”というモノとはあまりにもかけはなれすぎていた。

「いい。今夜は気が乗らねーよ」

「んもう。このあたしをたった一言で振れるなんて、“darkness wing”の中でも邑綺だけよ」

 “darkness wing”――漆黒の翼――とは、この近辺で暮らしているガキ供の総称。ここには、大人からの干渉がない。だから自然と、子供達の中でリーダー格の人間“頭(ヘッド)”が生まれる。常識(ルール)のないここでは、頭が全ての基準だ。年齢(とし)なんて関係無い。頭に求められるのは“力”。夜を支配する、絶対的な力。

 たった、それだけ。

 そして今俺は、“夜に君臨する者”と呼ばれている。

「じゃあ、あたしそろそろいくわね。気が向いたら何時でもきて、いつものお店で待ってるから」

「あぁ」

 ひらひらと手を振りながら、女は暗い街角へ消えていく。名前も知らない、数有る女の中の1人が……

「邑綺さん、よかったんですか?」

 暗闇の中で、誰かが俺に問いかける。何故、そんなコトを訊くのか。女なんて、掃いて捨てる程存るというのに。

「何言ってんだよ。あんな女幾らでも存る。それに、ベッドの上、躯だけの奴なんて特にな」

 そう、これは当たり前のコト。ここで生きていくのに、何か特定のモノへの執着は要らない。

 むしろ、有っても邪魔なだけ。

 いつだっただろう。俺が、夜を支配するようになったのは。

 いつだっただろう。他人(ひと)を傷つけても平気になったのは。

 いつだっただろう。脆い快楽に、溺れていったのは……

 時々、こんな声が聴こえた。

 けれど俺は、聞こえないふりをしてきた。

 聞いたところで、何が変わるわけでもない。

 何も、変わったりしないのだから――

「よっ邑綺」

 いつの間に現れたのか、薄暗い月明かりの下に見知った顔がひとつ。そして、その傍らに浮かぶいくつもの影。

「麻生。一体何の用だ?」

「別に、用って程の事じゃないんだけど……。最近、邑綺とご無沙汰だったなーと思って」

「わざわざ、オトモダチ連れて会いにきたと?」

「そういうコト」

 咎めるような言葉を繰り返す俺と、明らかにふざけた応対を続ける麻生。

 どこか歪んで、かみ合わない。

 俺も麻生も解かっている。どうして、こんなにも不自然な会話にしかならないのか。

「会いに来てくれるのは結構なことだ。だがな、戒律(ルール)違反はよくないぜ? 最初に言ったよな。俺のシマに入るときは、どいつだろうと下の奴を連れてくんなって。覚えてるだろ? お前なら」

 小さく頷いて、微笑う麻生。

 その笑顔が意味するコト。それは、頭(おれ)への反逆。

「始めから、僕じゃなくて邑綺が頭だなんておかしいと思ってたんだ」

 天使の微笑みを崩さぬまま、麻生は言う。

 月が、やけに明るい。

 俺や麻生の顔を、意味もなく照らし出す。

「ねぇ邑綺。僕にこのナイフくれたの、邑綺だったね」

 まるで、幼い子供の様に微笑みながら、麻生は自らのナイフを月に翳す。

 青白い一筋の光が、刃先から零れ落ちる。

「……邑綺、僕の言いたい事解かってるよね」

 ほんの、ほんの少しだけ表情を曇らせて、麻生が呟く。

 もちろん、奴の言いたい事なんて解りきっている。

「悪いが、俺は“darkness wing”の頭を降りるつもりなんて微塵もない」

 吐き捨てるような口調で言った俺は、更に、相手を嘲笑うかのようにこう付け加える。

「それに、俺はお前に頭としての器があるとは思えない」

 すっと、麻生の顔から笑顔が死んで逝く。

 それと同時に、生まれる殺意。

「解かった……。邑綺がその気なら仕方無いね」

 冷ややかな沈黙が、雪の様に降り積もる。

 今日ここから、自由がひとつ消える。

 俺の手で、花を手折るよりも造作無く。

「まず、後ろの奴らからいくか? それとも、お前からか?」

 麻生のそれとはまるで違う、氷よりも冷たい笑みを浮かべながら問う。

「……僕だけでじゅーぶん。こいつら、邑綺への宣戦布告の為だけに連れてきたんだから」

 チラッと後ろに目線を送り、答える麻生。

 そして、影達に“帰(もど)れ”と指示を出す。

「これでいいんでしょ?」

 俺をまっすぐ見据えながら、麻生は言う。

 恐怖など、カケラも感じられない。唯確かなのは、俺と、夜の色だけを宿した瞳。

「お前とも、今日でお別れだな」

 これは合図。

 声(おと)が、奴に届く瞬間に走り出す。

 誰よりも、何よりも早く。

 刹那、麻生が俺に腕を伸ばす。ナイフの握られた腕を。

 “無駄だ”

「チェック・メイト」

 捕らえられた細い躰。

 血の紅が、きっと好く映えるだろう白い肌。

「麻生、もう少し楽しませてくれないと、俺も張り合いなくてさぁ」

 残酷に笑いながら、俺は麻生にナイフ向ける。

 まだ壊したりしない。久しぶりの玩具だ。たっぷり遊んでやる。

「ナイフの使い方、教えてやるよ」

 静かに、刃先を喉元に押し当てる。

 鮮やかな朱色をした液体が、肌に、服に、落ちていく。

 滴り落ちるそれが、服の所々に紅い染みをつくる。

 まるで、雨の跡の様に点々と。

「つまんねーの。なぁ知ってるか? 玩具は、飽きられた日が命日なんだって」

 小さく呟き、俺は右手に力を込める。

 狂気に満ちた表情で。

 それはそれは愉しそうに。

 玩具を、粉々に壊していく。

 雨が降る。

 とても激しい雨が。

 さっきまでの月が、嘘の様に。

 降る。

 俺の手に、顔に、身体に。

 つよく、ツヨク、降り注ぐ。

 

 

The rain which never stops falling  it  envelops a night.

 

 

 

あとがきという名の自己紹介

 はじょめまして(White編を先に読んだ方はこんにちは)水嶋玲羽嬢の友人こと、涼季佑花でございます。既に、彼女の日記etcで名前だけが一人歩き(暗躍?)していたのですが、こうして私自身が表に顔を出すのはこれが初めてです。実のところ、以前数回裏の小説の方に(誰も知らないと思います)dream小説なるものを載せておりました。当時は、こてこてのラブストーリーを書いていたのですが、こっちが本性です。まあ、うら若きオトメがこんなん書いてると思うと少々ぞっとしますが、はっきり言って私は異常ですのでお気になさらずに……

 さて、私の自己紹介も済んだところで、肝心の本題に入りましょう。

 ところでみなさん。主人公の名前読めましたか? 一度もルビふらなかったんですけど、彼の名前はゆうき。『邑綺』と書いてそう読みます。決して、むらきではありません。覚えといてください。ちなみに、この邑綺という漢字、パソも出してくれませんでした。折角、辞書片手に決めた名前なのに……よっぽど、white君の方が読みやすいと思いますけどね。)

 それにしても、邑綺は『硝子のカケラ』キャラの中でも一、二を争うイカレキャラです。暇なときに、なーんと無くそこら辺の人を「殺っちゃおっか」とか思えちゃうやつだし、15で女遊びマスターしちゃってるし。玲羽曰く、『目が合ったら、違った意味でやばそう』だそうです。否定はしません。つーかできません。作者である私が言うのは何ですが、邑綺は人として何か間違っている気がします。……けれど、私や玲羽はそんな彼が可愛くて仕方ない。よって、邑綺は他の誰よりも愛され、丁寧に描かれ、挙句の果てには邑綺1人の為にストーリーが変わってしまうという、驚異的なキャラになりおおせた訳です。

 第1話は、邑綺の紹介文みたいな構成だったのですが、ここにもう1人、作者の寵愛を受けたキャラが登場します。その名を、スマイリー麻生。誰だよそれ、とかお思いのみなさん、よーく思い出してください。……そうです。話の最後で邑綺にあっけなく殺られちゃった、あの麻生少年です。今となっては、妙にキラキラした『僕』とかしたスマイリーですが、最初の段階では、顔のつぶれたやられヤンキ―という設定でした。それがどうしてああも変わってしまったのか。……謎です。解かりません。唯一つ言えること。それは、「手が勝手にうった」という事実。これだけです。あ。でも、今も昔もスマイリーがdarkness wingのNo.2って事は変わりませんでした。

 話は変わって、邑綺の私生活について。

 まったくどこまでいっても、うちの邑綺は『常識』という言葉が似合わない男です。邑綺の一日。まず、太陽が沈むと共に起きだします。そして夜いっぱい活動。太陽が見えてきたら、就寝。どうです。可笑しいでしょう。けれど彼のこの生活、見方を変えればとても規則正しい生活、といえることでしょう。この結果、邑綺が夜の王様。スマイリーが昼の王様、という仕組みが出来上がったというのも裏話のひとつです。これについては、玲羽がお遊びで描いたイラストもあるので、機会があったらお見せできると思います。

 中途半端に長くなってしまったこのあとがき(?)も、これにて終了です。私のつたないお話、できることならこれからも読んでやってください。

 (ところで、最後のThe rain which never stops falling  it  envelops a night.という英詩は、日本語で『決して降り止まない雨が、空を包む』って意味です。直訳しちゃうと、わけ解んない文になりますけど)

 それでは、また次の機会に……

玲羽より返信。

 この話を書くきっかけになったのは、確か五月のある日。
 私たちが二人でゆりかもめ沿線巡りをした時のことだった。

 確かあの日、私はヴィーナスフォートで佑花を連れまわした挙句、「シャンティ・シャンティ」に小一時間も居座って一枚のワンピースの前で唸っていたね。
 ごめん。

 そして、私のサイトの話になって、佑花の小説を載せてみようか、という話になった。
 話題は「何を書くか」に移り、そのときネタが無かった佑花のために私が色々考えた。
 最初は、色の題名つけて(赤とか黒とか青とか。何でもよかったんです)、「その色のイメージでお話を書けば?」ということだったんですが、いつのまにか分岐の話が生まれ、二つの話を平行して進ませることになって、「よし。対比が一番わかりやすいのは赤と青でも、黄色と紫でもない黒と白だ」となり、この話の原型が生まれました。
 あの日、この話でかなり盛り上がったので、声が枯れかけました。
 ああ、ふたりとも声が命なのに。

 さて、「Black」の主人公、邑綺について。
 とにかく好きさ。
 私は、『最遊記』なら三蔵、『スパイラル〜推理の絆〜』ならアイズ・ラザフォードとカノン・ヒルベルト、『TOY’S』(←誰か知ってる?)なら智と司という、どこかサディストな人たちが好きさ。
 アイズは最近そうでもないけど、ここに書かれた人は全員、ヒト殺すのになんも躊躇わん人たちですよ。
 二次元だとこういうキャラが好きな私としてはね、邑綺はツボですよ。
 三次元ならもっとまともな人が好きですが。
 邑綺のアダ名は「和製フェリス」です。見た目は、フェリスの髪を黒くしたような奴だからです。でも、フェリスのトレードマーク(?)であるリングピアスを佑花が嫌がるので、ピアスは違うのになってます。
 なんでリングピアス嫌なの?
 なにはともあれ、原作者と作画者の愛がこやつには存分に注がれているのですよ。
 邑綺の前途に栄光あれ!

 それでは、また次のお話で。

 

 

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