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一言書評
新書・専門書




『まれに見るバカ 勢古浩爾  
洋泉社


面白い。著名人の実名を列挙、ありとあらゆるバカの博覧会はなかなか壮観だ。これだけ並べられると、書かれた中の一人だけが名誉毀損で訴えても、「了見が狭いなあ」と思われてしまうかもしれないほど、多彩なバカに彩られている。何がすごいといって、バカのタイプとバカさ加減の分析に置いて、筆者が常にバランス感覚を保てている事だ。筆者の好き嫌いも述べられているのだが、それが些かもバカの解析に影響を与えておらず、常に客観的にバカを分析し続けられているところが見事だ。「全身バカ」「一子相伝バカ」など、くだらなくも笑える造語の連発も楽しい。そして冒頭付近の次のような一節で、いきなり本の中に引きずり込まれた。

「バカは現象する」
そう、バカは隠そうとして隠しおおせるものではない(一生隠しおおせたものはバカではない)。どんなに偉ぶろうと、口だけで立派なことをいおうとダメである。バカは当人のあらゆる細部に宿っていて、否応なく、無意識のうちに現れてしまうのだ。ところが、最初から全身丸ごとバカが現象しているやつがいる。本質どころのさわぎではない。存在そのものがバカと化している者である。で、そのかれらがどのように見えているかというと、やけに幸福そうに見えるのだ。これが。然り、バカほど幸福な人間はいないのである。ただでさえ幸福なのに、かれらはどういうわけか出世や結婚をしてさらに幸福となる。こうなるともうだれも手がつけられない。
(p.18)

読む人によっては不愉快を禁じ得ないところもあろうし、哲学書ではないから、論理が飛躍している箇所も見受けられる。けれど、無意識のうちに不愉快を感じている周囲の「バカ」なことに対して、快刀乱麻を断つが如く、「ああ、そうそう!」と親近感を持ってその仕組みを解き明かしてくれているのは、何をおいても痛快だ。常識的でバランス感に富み、なおかつ読んでも大してためにならなさそうなあたり、「バカ論」の啓蒙書として冠たるものがある希有
(けう)な一冊。バカとは何ぞや(笑)(2002.6.14読了)



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