2006.1.1 更新
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一言書評
日本の小説・随筆


村上龍  『コインロッカー・ベイビーズ』新潮文庫


(あらすじ)
生まれた直後にコインロッカーに放置された二人の少年、キクとハシ。キクは運動能力にすぐれ、ハシは内向的で音に対する鋭敏な感覚に恵まれた。ハシは、幼い頃耳にした、自分に安堵をもたらしてくれたただ一つの音が何だったのかを求めて歌手になるが、やがて精神を病んでゆく。一方のキクは、予期せぬ形で自分の母親を殺してしまう。少年院から脱走したキクは、異常なまでに精神と肉体を高揚させてすべてを破壊しつくす欲望を解き放つ麻薬(?)「ダチュラ」を手に入れ、都会を、社会を、常識を、ためらわずに覆そうとする・・・・・・生まれ落ちた時、親からも社会からも不要とみなされた二人が、どのような形でその社会と向かい合うようになるのかという、破壊と再生の物語。


(一言書評) 『コインロッカー・ベイビーズ』。挑発的なタイトル。もちろん社会的なメッセージを読み取る事が出来る小説だ。しかしそれ以上に、社会の規格外に産み落とされた二人の少年が、「自分」に回帰する事を描いた物語でもある。破天荒な経験を重ねながら、ボロボロになったハシと、確信に基づいて行動を起こすキク。二人は消極と積極の全く違ったルートを通って、対照的な形でそれぞれ「自分」に立ち返る事に「成功」する。物語の結末近く、長い遍歴の末にたどりついた二人の思いは、かたや滲(し)み入ように、かたや高らかな宣言のように、読む者の胸に響く。

「ハシはテレビカメラを覗き込んでいる。レンズの表面に暗い虹が見える。ハシの顔が映っている。口にゴムの球を詰め込まれて泣いている痩せた顔だ、僕だ、僕の顔だ、とハシは思った。ゴムに潰されている喉の奥でハシは何度も呟いた。レンズに映る歪んだ泣き顔に呼びかけた。どこに行ってたんだ、ずいぶん捜したんだよ。」(下巻・203頁)

「何万種類の旋律を作り、あらゆる音を記憶し、舌まで切ったっていうのに、何一つ変ってはいなかった。本当の自分に巡り会っただけだ」(下巻・211頁)

「それにしてもあんた達いい色に焼けてるね、サーファーかい? 白いスーツできめてるところ見ると、サーフシティ・ベイビーズだね? 店員が金を数えながらそう聞く。ヘルメットの顎紐を締めて、いや違う、とキクは言った。
俺達は、コインロッカー・ベイビーズだ。」(下巻・214頁)

物語の途中、キクにはこんな思いがあった。「身体が一本の棒になったようだ。キクはそのままの姿勢でグラリと前方に傾いた。倒れる寸前に片足を前に出して体を支えた。全力疾走の前傾姿勢だ。倒れまいとして次々に足を出す、それが走るということだ、全力疾走をすれば決して倒れることはない、最初に二本足で立ち上がった猿はきっと全力で走ったんだ」(下巻・50頁)。これが結局、キクのあり方なのであり、自己の内部に生まれた必然的な趨勢(すうせい)に押し流されるように、疾走し続ける事になったのだ。結末、読者に放り出すように描かれている新生のための「テロ」(と言ってもよいだろう)に対しても、全く逡巡(しゅんじゅん)がないのは、「倒れまいとして、全力で走った」結果であるためだ。

自らが選択肢を持たぬ遍歴の中に放り出された二人は、始発点でもあり終着点でもある、たどり着くべきところにたどり着いた。その時、彼らを懐胎していた社会は、逆に彼らによって内(ハシ)と外(キク)から破壊される形になる。その末に、あらたな社会の形が仄(ほの)見える再生を感じるか、どこまでも破壊であると感じるか・・・・・・それは読者に委ねられた、答えの無い問いであると言えるかも知れない。

実は、村上龍の小説は、中学生の頃読んだ『限りなく透明に近いブルー』以来だ。タイトルのあまりにも淡(あわ)い美しさに惹(ひ)かれて読んだものの、あまりにもえげつない描写に辟易(へきえき)して、それ以来手を出していなかった。しかし、友人に勧められて『コインロッカー・ベイビーズ』を読んでみると、ありきたりではないモチーフと言い回しで、予期せぬほど物語に引き込まれた。相変わらずどぎつい描写が多いが、悪趣味とも思える比喩の連鎖は、汚れたものの彼方にある純粋さにたどり着くための方便であるようにも思われた。

ロッカーに子供を放置する事件が報道されていた頃の事を思い出しながら読んだ。また、「ダチュラ」の威力で、既成の都市・社会生活を破壊しつくそうという結末には、オウム真理教のサリン事件を彷彿とさせるものがあった。もちろん執筆当時は、その後にサリン事件が起こる事など知る由(よし)もなかったはずだが、そういう点でも、流動する時代の中にあり、常にアンテナを張り巡らせている村上龍という作家の勘所のよさを思い知らされた。サリン事件の直後、ルポルタージュを書いていたはずだが、いずれそれも読んでみようという気にさせられた。(2002.7.3 読了)



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