2006.1.1 更新
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一言書評
海外の小説・随筆



G・ガルシア=マルケス 『百年の孤独』

訳/鼓直 新潮社


未開の村、マコンドを舞台に繰り広げられる、ブエンディーア一族をめぐる叙事詩的な長編。超現実的な事件と日常との境目を区切らないで描く手法は、魔術的リアリズムと呼ばれる。ユーモアと、もとジャーナリスト出身らしい安定した筆致をもって描かれる膨大な出来事の連鎖に、本を閉じるのも惜しまれる思いだった。ガルシア=マルケスは、コロンビアのノーベル賞作家。




G・ガルシア=マルケス 『予告された殺人の記録』
訳/野谷文昭 新潮社


声高に予告された殺人が、殺される当人の耳にだけ届かずに、公然と行われた。本当は殺人など犯したくない犯人。殺される当人も、何故自分が殺されねばならぬのかすら知らない。愛と名誉という名の習俗のもとで誰もが望まぬままに公然と行われた殺人が、錯綜した構造の中でパズルのように再構築される。冒頭の一文が作品のすべてを暗示しながら、その出来事の意味は読み終わるまで分からないという、ガルシア=マルケスの得意とする構成の魅力が、最も顕著に発揮された作品。




G・ガルシア=マルケス 『誘拐』
訳/旦 敬介 角川春樹事務所



(あらすじ)
政情も治安も不安定なコロンビアで、立て続けに発生した誘拐事件。誘拐されたのは、政治家の一族やジャーナリスト等、いずれも社会の中軸に近い位置で活動していた人物たち。はじめは誘拐の目的も繋がりも定かではなかったが、やがてそれは、政府との対立の中で、テロをも辞さない麻薬密輸組織によって計画的になされた犯行である事が分かる。半年にも及ぶ監禁の後、ある者は殺害され、ある者は解放された。生還者からの入念なインタビューをもとに、緻密に再構築されたルポルタージュ文学。


(一言書評)入念な下調べと、緻密な構成により伝えられる臨場感には、舌を巻くしかない。被害者へのインタビューに基づくだけあり、全ての行間に「いつ殺されるのか」「次は自分の番か」という緊迫感が張りつめている。長い監禁生活の中で、様々な恐怖に苦しみながら、ある時は勇敢に立ち向かい、またある時は虚無感に襲われ、という各個人の心の動きも描かれている。そうした内面の動きも、即物的なまでに淡々と描かれており、それがかえって作品にリアリティを添えている。その一方で、ガルシア=マルケス独特の現実を揶揄(やゆ)するような軽妙な語り口はいくらか控えめであり、殺害された被害者の死の瞬間は、毅然(きぜん)とした感じで描かれている。それらは、まだ生々しい事件(1993年)の被害者及び遺族への配慮によるものだろう。

物語としては、密輸組織の闇の首魁(しゅかい)・エスコバルの存在が随所で重くのしかかりながらも、ほとんど結末近くまでその実体を現さないところが巧みだ。そして、被害者たちの見張り役である、組織の下っ端の若者たちは、横暴な者もいれば、悩みを抱える若者もいた。覆面をしている若者たちは、「何か事が起これば皆殺しにする」と被害者に告げ、つねに圧迫を加えてはいるのだが、その中にはこんな描写もある。

「最初のうち、彼らは見分けがつかなかった。見えるのは覆面だけで、誰もが同じように見えた。というか、ひとりしかいないように感じられた。しかし、時とともに、覆面は顔を隠しても性格は隠せないことがわかってきた。そうして、ひとりひとり区別ができるようになった。それぞれの覆面が違った特徴をもっていて、独自の存在が背後にあって、取り替えようのない声をしているのだった。それだけでなく、彼らには心もあった。彼女らが積極的にそう望んだわけではななかったが、結局彼らと閉じこめられた暮らしの孤独を分かちあうようになっていった。いっしょにトランプやドミノをしたり、古い雑誌のクロスワードやクイズを解いたりした。」(73頁)

エスコバルとその配下の若者たちにも、一見倒錯したかのようなこうした側面を与えて描けているのは、この作品がルポルタージュであるからである。そして、錯綜したタイムリーな政治・経済、社会の暗黒部にかかわる個人たちをも等身大で描けるのは、ガルシア=マルケスが若き日にジャーナリストであった事ともちろん無縁ではない。

ジャーナリストとして出発したガルシア=マルケスは、後に『百年の孤独』(1967年)で、魔術的リアリズムの高みを我々に披瀝(ひれき)してくれた。そこからまた文学手法に対する新たな模索が始まり、ルポネタージュ的な要素と綿密な構成による『予告された殺人の記録』(1981年)を経て、『誘拐』に至って再びルポルタージュ文学を築こうとしている。ガルシア=マルケスは、ここに至って、魔術的リアリズムを経た後の第二の高みを見つけだそうとしているかのように思える。(2002.5.29読了)



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