2009.8.17 更新
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三国志紀行



鳳雛ここに眠る
(ホウ(广龍)統祠:四川省羅江、2000年6月)



三国志の人物の中で、最もシンパシーを感じるのはホウ
(广龍)統。2000年の夏、念願かなってついにゆかりの地を訪れることに

中国の観光案内などには、ホウ統祠が徳陽という街にあるとは書いてあるが、大ざっぱな地図を載せるのみで、正確な場所がなかなか分からなかった。よって、出たとこ勝負の探訪になったのだが、まずは成都から高速バスで北に1時間ほどのところにある徳陽に行ってみる。

現地で地図を買えばアクセスの仕方も分かるだろうと思っていたら、行ってみてびっくり、徳陽は観光地化されておらず、現地の地図を販売していない小柄な街だった。


徳陽の街で「ホウ統祠はどこにあるんだ?」と聞いてみたものの、誰も知らず、地元でもマイナーなことが発覚。はるばるここまで来て頓挫か、と落胆しかかっていたところ、喉の手術をしたため声が出ないという、小さな売店のおじさんが、「ホウ統祠か?それなら
羅江(らこう)だ」と教えてくれて、ようやく光が見えた。

シャオゴンと呼ばれるバス(といってもおんぼろワゴン)に乗って、徳陽から大体4〜50分ぐらいのところにある小さな村だということも分かり、バス停を探して乗り込んだ。蒸し暑さがひどい、夏の真昼のこと。


シャオゴンはずんずん山道に入って行き、小1時間ほどたって、さあ着いた、と車を降りたら、大量のバスがとまっている停留所があるだけの、本当にただの村。うげ、と怯
(ひる)んだけれど、ここまで来たら後にはひけないと、バス亭を仕切っているおばさんにホウ統祠の場所を尋ねたら、バスを乗り継いでさらに20分ほどのところだという。付近には一応タクシーもいたので、胡散臭くなさそうなタクシーの運転手に、「ホウ統祠を知っているか?」と確認したら、知っているとのこと、確かに20分ぐらいだというので、値段の交渉をして乗っていくことにした。


シャオゴンで来た通を途中まで戻る形でおよそ20分、小高い山を登ったところに、ついにホウ統祠を拝することができた。何度も諦めかけただけに、たどり着けた喜びもひとしおだ。あまりに辺鄙なところなため観光客は誰もいなかった。入場券を買って入ると、敷地は結構広く、一応整備されて掃除などもできているようだ。小道を通り抜けて本殿のようなところに行くと、ありました、ありました、ホウ統殿の像が!像自体は新しいもので、もちろん歴史的な価値は何もないけれど、そんなことはどうでもよくて、ホウ統に会えた(?)事で感無量。はるばる来てみて、本当によかった……


ホウ統像を飾ってある堂を通り抜けると、一番奥まったところにホウ統の墓があった。もちろんここに本当に埋葬されたというわけではないのだろうが、それでも1800年も昔の人物に思いを馳せ、感慨しきり。ほとんど誰も尋ねて来ない農村で、ホウ統は眠っていたのだ。ホウ統の墓の傍らに自分が立っているのも、何やら不思議な感じだった。


ホウ統祠から数キロのところに落鳳坡があるらしい。こちらももちろん伝説上の古跡。探して行ってみたいのは山々だったのだが、徳陽の街で荷物を預けてあるところが夕方には閉まってしまうのと、疲れのため、ホウ統祠だけで満足して徳陽に帰ることに。死後1800年を経て、東方の小島から自分の墓に詣でる人がいるなどとは、ホウ統も思いもしないことだっただろう。
(2000.12.8)

※写真はすべて、ホウ統祠で撮ったもの:(上から) 入り口、中庭、ホウ統像、ホウ統と諸葛亮の像、ホウ統の墓、ホウ統祠からの展望。


随想三国志「正史雑感・鳳雛先生のこと」

→徳陽・羅江の旅行記は「中国見聞録part.9」へ

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