2001.3.2 更新
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Classic 勝手に思い入れ

ラフマニノフ
RACHMANINOV
(1873-1943)

〜はじめて受けたショック〜


中高と一緒だった友人で、哲学的というか、およそ子供っぽくないような骨太な演奏をする人がいた。中学2年の頃だっただろうか、彼がうちに遊びに来た時に弾いてくれたのが、ラフマニノフの『鐘』と呼ばれるプレリュード『0p.3-2』だった。ラフマニノフという名を知ったのもこの時の事、ロシアの人名の事とて耳慣れず、なかなか覚えられなかった。横で聴いていた親と並んで、開いた口が閉じないぐらいのショックを受けた。瞳孔も開きかかってたかも知れない。「ピアノにはこういう音楽もあるのか」という衝撃は、今でも薄れていない。しばらく後に、今度はやはりプレリュードの『0p.23-5』を弾いてくれた。土俗的とも言えるような主題に心を奪われていたら、突然の哀切な中間部、脊髄にくるというのはああいう事なのだろう。やがて『ピアノ協奏曲第2番』と出会った。中学3年から、高校の3年間、CDがすり減るぐらいこの曲を聴き続けた。一番最初に買った二枚のCDのうちの一枚だったはずだ。学校に行く前も、学校から帰ってきた時も、机に向かっている時も、眠れない夜更けにも、とにかくあれだけ聴き続けたのに、いまだに聴かずにはいられない。 ピアノ協奏曲というスタイルの面白さを知ったのも、この曲のおかげだ。あの時期、この曲に出会っていなかったら、ピアノをずっと続ける事もなかったかも知れない。

プレリュードをレッスンする傍ら、高校の途中からは、ピアノ協奏曲第3番も大いに気に入っていた。第2番とは別人格のような、自信がみなぎった旋律、エンターティメント性を感じさせる。これは面白いなあ、と感心するような曲だ。聴く方も弾く方も、少しずつレパートリーを増やしていったが、ラフマニノフを一番必要としていたのが高校時代だったなら、自分なりに最も真剣にラフマニノフと向かい合ったのは、大学4年の時だ。所属していたサークルの年2回の演奏会で、4年生は20分まで持ち時間が与えられていた。当時、修士2年だった先輩に誘われて、『2台のピアノのための組曲 第1番 幻想的絵画』を弾く事になった。先輩がプリモで、僕がセカンド。ラフマニノフのソロ曲、ピアノ協奏曲、交響曲は聴いていたが、2台ピアノはあまり知らなかったので、アルゲリッチ、ラベック姉妹など幾組かのデュオCDを聴いてみた。最初は「つかみどころがない感じ・・・」という印象。先輩とあわせつつ、ただ技術的にクリアしていく、どことなく地に足のつかないような感じを残したまま、一応の仕上がりは見せた。この曲が、僕にとって大きな意味を持ったのは、演奏会の当日、それも第1楽章を終え、第2楽章の中盤にさしかかった時だ。低音部の鍵盤に指を落とすたびに、いままで出した事のなかったような、沈鬱な音が出続けた。後になって、はるかに後になって、第2楽章につけられていた「夜、愛」という標題はそういう事だったのかも、と思い出された。沈鬱に繰り返される低音部の響きは、僕が今まで弾いた音の中で、最も忘れられない音になった。そしてきっともうあの音は出せないだろう、という響きで心の中に今でも鳴り響いている。それにしても、この『幻想的絵画』といい、『音の絵』といい、ラフマニノフにとって音楽は多分に視角的ですらあったのか。

その後、最後の演奏会では、3年間、僕の下で同じ役員の仕事をしてくれた後輩に相手を頼み、『2台のピアノのための組曲 第2番』を弾く事にした。曲想という事ではないが、技術的には『第1番』よりもはるかにしんどい。健全にロマンンチックであり、構成が計算され尽くされていて緻密で、ある意味、内面の吐露というよりも、完成度の高いエンターティメントを実現する為に作られたかのように錯覚してしまいそうだった。言うなれば、分かりやすい曲だ。それだけに、相手との息がズレると、表現云々ではなく、聴くに堪えなくなってしまうという恐怖感があった。2日にわたる演奏会のトリに弾かせてもらう事になり、それもプレッシャー。自分の音で、自分の学年の活動も終わるのだと思うと、なんだか自分のために弾くのではないような重圧を感じてしまった。実際、それまでは本番で最もいい演奏を引き出せていたのに比べると、この時は音がうわずってしまい、ミスタッチも多かった。でも、それでもこの曲を最後に弾かせてもらえたのは感謝。第4楽章、単音を連打する部分を弾きながら、技巧的な表現を好んだ自分らしい選曲だったと思いつつ、そして大変な曲だったのに一緒に曲を作ってくれた後輩に感謝しつつ、弾き終えた。(2001.3.2)




《ラフマニノフの これがお勧め!》

ピアノ協奏曲第2番: 自信をもって発表した『交響曲第1番』が、想像を絶する不評を蒙り、ノイローゼになったラフマニノフは作曲活動も停止してしまう。その中で、精神科医の暗示療法を受けながら執筆された曲。衒(てら)いがなく、まさしく「内面がそのまま、重厚で浪漫的な曲として現れた」感がある。全楽章ともすばらしいのだが、比較的目立たない第2楽章、特にその末尾の旋律の美しさは、ピアノ協奏曲の中でも屈指だと思う。帝政ロシアの末期にあたる1901年に発表され、数多くの映画などでも使われている。


ピアノ協奏曲第3番: 自分のピアニストとしての技量をいかんなく発揮する目的の為に作られた、と言われる程、技巧的な曲。浪漫的な旋律も多用されているが、第2番ほどの深みには欠ける。その分、第1楽章の計算尽くのカデンツァ、第3楽章のファンファーレなどは、思いっきり楽しめる。ラフマニノフの目指したピアノ協奏曲のスタイルを、この曲に見てもよいのではないだろうか。


交響曲第2番: ピアノ協奏曲第2番の成功に自信を持ち1906年に執筆を始め、翌年完成、さらにその翌年に自らの指揮で初演し、好評を博した。第1楽章は、複雑に変化する拍子の中で、重層的に波打つように、物憂げな情感を漂わせている。第3楽章は叙情性に富み、ラフマニノフのロマンチシズムをよく表現している。第2、第4楽章のテンポのよさもいい。どの楽章も、そのまま映画音楽としても使えそうだ。


パガニーニの主題による狂詩曲: 超絶技巧と言われるパガニーニの一節に曲想を得て作られた。狂詩曲(ラプソディー)と言うが、形式は変奏曲。SF映画のBGMのような、前衛めいたふくらみが面白い。第18変奏がテレビで使われた時に「あの美しい曲は何だ」と問い合わせが殺到したとか。パガニーニに取材した変奏曲を作った作曲家は多いが、ラフマニノフのこの曲が一番楽しめるような気がする。


2台のピアノのための組曲 第1番
『幻想的絵画』:
ラフマニノフ20歳の時の作品で、チャイコフスキーに献呈された。『幻想的絵画』という標題を持ち、それぞれの楽章にも「舟歌」「夜、愛」「涙」「復活祭」という名が冠せられている。第1楽章の高音部、川面(かわも)のさざ波のような細かい動きは、弾いていて指が楽しい。執拗なまでに、激しく主題を繰り返す第4楽章も特徴的。全体として、非常に内向的な印象の曲だ。


2台のピアノのための組曲 第2番 : 『組曲 第1番』に比べると、はるかに開放的な雰囲気と安定した構造をもっている。『交響曲第1番』が不評を蒙った失意のうちに書き始められた曲。その時期の内面の懊悩がそのまま『ピアノ協奏曲第2番』として結晶し、作曲者自らが緻密な構造を楽しむようなあり方が、この『組曲 第2番』の形をとったのだろう。スタンドプレイ的に聞こえるところもあるかも知れないが、2台ピアノの面白さが遺憾なく発揮できている逸品だと思う。



(以下、準備中)





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