2009.8.9 更新
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Literature(文学)


オグ・マンディーノ 『十二番目の天使』
訳/坂本貢一 求龍堂
 

(あらすじ)サクセス・ストーリーを地で行くジョン・ハーディングは、、若くしてコンピューター業界で世界第三位の実績を誇るミレニアム社の社長の座に就いた。しかし、突然の事故で妻と子を亡くしてしまい、激しい失意の中で生きる望みを失い、銃口を自分に向けて引き金を引こうかという場面から物語は始まる。

外界との行き来を絶ち、廃人同様、自殺する時を見計らう為だけに生きているような彼に、古い友人が一つの話をもちかける。それは、ジョン自身も子供の頃参加していた、地元の少年野球チームの監督を勤めてくれ、というものだった。ふっきれぬ思いで引き受けた監督の仕事、そのチーム「エンジェルス」の十二人の選手たちの末席には、似ティモシー・ノーブルという少年がいた。

打てない、守れない、走れない、だが決してあきらめず「毎日、毎日、あらゆる面で、自分はどんどん良くなっている!」というのティモシーの口癖のもと、チームメイト、そしてジョンたちの心は一つになって行く。妻と子とともに死んでしまったかのようなジョンの心に、少しずつ生きる息吹が吹き込まれて行き、再び訪れた悲しい出来事にも、ジョンはもう人生を投げ出そうとはしなかった。


 
(一言書評)ストーリーテラーとしての魅力に富み、テンポよく物語は進む。野球の技術的な話や、試合の展開なども、野球を知っている人にもよく知らない人にも、どちらにも過不足ないように上手に盛り込まれている。

具体的には野球を軸にして物語が進むのだが、何かを失うこと、そして取り返しのつかぬ喪失感の中で、なおかつ生きる事に意義を見いだせること、それがこの小説のテーマだ。そして物語の終盤であきらかにされるように、絶対に好転しない状況の中ですら「自分はどんどんよくなっている!」という信念で、前向きに歩み続けることの困難さと尊さ。多くの読者が感動したのも頷けるのだが、自分にはいくつかしこりのようなものが残った。

前向きに生きる、という事を讃美するあまり、健全さへの一種の信仰のような匂いもあり、その点ではいかにもアメリカ的であると思う。物語を読みながら、自分がジョンの境遇であったら、二度目の衝撃には持ちこたえられないだろう・・・そう思うにつれ、「困難を乗り越える美しさ」に共鳴するよりも、悲しみを抱えて生きる人々への人生訓(もちろん良い意味でだが)のために、「支え切れていない心」が排斥されている、という思いを強くした。

文学を実人生の杖(つえ)と考えるならば、この作品は大いに成功をおさめていると思う。しかしその一方で、初めから「割り切れる」事を前提にした人生観を描いているのであれば、文学の持ちうる「答えのでない」様々な側面のいくつかを犠牲にしてしまっているとも言えるだろう。(2002.4読了)



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