2009.8.9 更新
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Essay (一言書評)
Literature (文学)
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(あらすじ)南洋に浮かぶ3つの島からなるナビダード民主共和国。日米両国の狭間で、いかに活路を見いだすかが重要なこの小国で、マシアス・ギリは日本との繋がりをフルに活かして、大統領の座に着いた。ギリは、自分が小国の政治家である事を十二分に自覚しつつ、独裁的に己の政策を推進して行くが、日本からの慰霊団のバス失踪事件を皮切りに、全てが大きく揺らいでゆく。経済の側面を重視したギリの国家運営の方策を描く一方で、奇怪な事件あり、亡霊あり、霊力豊かな巫女あり、自然と人間、そして人間の理知を越えた得体の知れぬ大きな力をも描こきこんだ力作。 |
| (一言書評)この作品のテーマを一つに絞るというのは至難だ。人間社会の中に埋没しきった後に初めて見えてくる、人知を越えた大きな流れ、と言えるかも知れないが、同時に前置きたる人知の領域についても、計算高く描きこまれている。とりわけ経済的な視点から現代政治を解析するような論法が、大きな特徴だと言えるだろう。 様々な奇怪な事件や伝承を、現実との垣根を明確にせずに描く手法は、G・ガルシア=マルケスに代表されるラテン・アメリカ文学の魔術的リアリズムの手法を踏襲していると言ってよいだろう。実際には、手法の踏襲と言うにはあまりにも鮮明に、随所にG・ガルシア=マルケスの作品の影響を見て取れる。 @物語が始まる以前の事で、作中では具体的には述べられていないが、出所不明の奇怪な貼り紙が横行していた事が述べられている:『悪い時』に同様のプロットが見える。 A独裁的大統領とは別の顔として、プライベートでのギリは、日本式の風呂や食事に執着する:ギリ同様、孤独な独裁者であるシモン・ボリバルを描いた『迷宮の将軍』で、ボリバルがホルマリン漬けのように風呂に入っている描写が、疲れ切った彼のプライベートを示す象徴としてしばしば描かれているのを思い出させる。 Bバスの失踪事件:奇怪な事件を、人々がそのまま受け入れ、現実との境目を明確にしない魔術的リアリズムにの手法は、『百年の孤独』を初めとして様々な作品で常用されている。 かくも濃厚、そして鮮明にG・ガルシア=マルケスの影響を受けているが、池澤夏樹がマルケスではなく、あくまでも池澤夏樹であるところの理由は、まさしく整合性がとれた経済感覚が作品の軸に据えられているところにある。政治は批判の対象であり、経済は必然だとするような筆者の立場を起点にして、全ての事件や人物が、あまりにもムダなく必然性を帯びて配されている。あらゆる事件の描写、登場人物のあらゆる発言が何らかの伏線の役割を担っているために、たとえ描かれているのが超常的な出来事であったとしても、神話的というにはあまりにも合理主義に貫かれているという印象を免れない。伝説の形式を借りて多くを語りながらも、それを支えるべき豊穣な隠喩が決定的に欠如していると言ってもよいかも知れない。 合理主義的である事と重なる事だが、全ての登場人物の言語と思考のコードが、基本的には単一なもののように思われる。特に気になるのは、広場での人々の噂話。「彼らがこの広場に来た途端に広範囲な情報収集能力と精密な分析力と総合的な判断力をそなえた一流の評論家になる現象をどう説明すればよいのか。広場の力、すなわち集合的な民衆の叡智(えいち)はこの島では昔からとりわけ強い 云々」(同書87頁)という半ば言い訳じみた一節があるが、大統領・ギリから広場でうわさ話をする民衆まで、政治や事件についてほとんど同じ次元での切り口を有しているのは、やはり不自然だ。民衆の延々と長いうわさ話が、民衆自身のうわさ話であるよりも、ある時は物語の真相にせまるための、またある時は真相を隠蔽するための、作者にとって都合のよいスポークスマンであるのが惜しまれる。伝説、うわさ話、祭り、と様々なカードを切っているのだが、前近代的な雰囲気を醸し出すにはあまりにも構成にムダがなさすぎだし、人知を越えたものを描くには、人知の所産たる人の言葉での解説があまりにも多すぎるのだ。奇怪な出来事そのものを描くだけで筆をとどめて、多くを語らない、というのは、リスクの大きい回り道であるが、それが十分になされた時にはじめて、すべての文章が作者の単一な価値観から解き放たれて自由に踊り出すような印象を与えられるようになることだろう。 伝説は個々のエキスを総合した混合体だが、池澤夏樹の文体や発想は、そうした混合体を独自に解体・分析する明晰さを前面に押し出している。伝説を描きながら、伝説が感じられない、と私が感じたのは、筆者の意図した文体・モチーフと、その本領とが食い違っていた軋轢(あつれき)の結果だと言えるだろう。ちなみに、分析的でシニカルな政治評論のような文体は、池澤夏樹が理系出身である事も影響しているかもしれない。(2001.5.7 読了) |
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