2009.8.13 更新
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Essay (一言書評)
Comic (漫画)
| 池田 理代子 『ベルサイユのばら』 |
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古典的名作といって間違いない。稀代の美貌と高貴な気まぐれに彩られた前半生。そして、目に見えぬところで零落の歯車がギリギリと時を刻んでゆく後半。動かすべくもなく史実に内在している、そのゴージャスなコントラストが、この歴史絵巻を古典の地位にまで押し上げたのだろう。噂には聞いていたが、オスカルは凛々しかった(笑) 物語全般を通して、恋愛の悩みが劇的に描かれている割りには、実際の悲劇的な場面は、比較的淡々と描かれているのが興味深い。「陛下、これは反乱ではありません。革命です!」という歴史的名言なども、勿体ないぐらいあっさりと通り過ぎている。或いは初期の作品だけに、盛り上げようという作者の意図が成功していなかったのかも知れない。しかしオスカルの死後、アントワネットがオスカルを偲ぶシーンがない事などからも、作者が敢えてくどくどしく描かなかったのだろうな、と思われた。 物語の中には、恋が成就されない事への不安、恋が破綻する事への不安、時代が旋回する事への不安、と何かが失われる事に対する不安が渦巻いている。そのわりには、悲劇の瞬間は淡々と過ぎ去って行くのだ。作者が意図したところかどうか分からないが、すでに行われた悲劇ではなく、いずれ訪れるかも知れない悲劇に対する不安が、物語の登場人物すべてを支配していると行ってもよいだろう。それはとりも直さず、特権貴族たちが、歴史の中でやがて失う事になるものを多く抱え込んでいた、という事の象徴でもあるだろう。 ところで、その名について思う。『ベルばら』は、そのタイトルからしてすでに古典となって、あまりにも耳に馴染んでしまっている。が、考えてみれば、当たり前の事だが「ベルサイユ」と「ばら」は無関係な二つの名詞だ。その二つの名詞の持つイメージが互いに補完しあって、固有の雰囲気を醸し出したという点において、他に類を見ない成功したタイトルだ。たとえば『有楽町のばら』だと、なんだか怪しげな演歌みたいなイメージになってしまうし、『ベルサイユの菊』だと、お盆の墓参りみたいになってしまう。「ベルサイユ」には必ず「ばら」でなくてはダメなわけだ。お見事! (2002.1.30) |
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