2009.8.9 更新
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Essay (一言書評)
Ciname (映画)



『戦場のピアニスト』



以前、当サイトの掲示板で話題にのぼった映画中の選曲について。国土をもたないユダヤ人が、やはり国土を失ったポーランドの愛国者・ショパンの曲を弾くことは理解できる。では、ドイツ人が唯一弾いたベートーヴェンの曲が、なぜソナタ「月光」だったのか、ということについて、冒頭部分、主人公・シュピルマンが最初に弾くのがショパンの「ノクターン」、すなわち「夜想曲」だったので、得心がいった。ポーランドの叙情的な「夜想曲」との対(つい)として、ドイツの思索的な「月光」、というコンビネーションが選択されたのだ。本来ならば、映画の中盤で「月光」が流れてくるところで「あっ」と思うという配置なのだが、「月光」が出てくることを事前に知っていたので、その点では感動の順序が逆になってしまった(笑)

ドイツ人将校の前で弾いたショパンの「バラード1番」は、圧巻だ。飢えと寒さ、疲労と恐怖でかじかんで動かぬはずの指。時折わずかに打鍵を誤りながらも (これもリアルといえばリアルだ・・・)、あまりにも激しく打ちつけられるコーダには、息をのんだ。そしてこういう背景で奏でられるショパンがある事を想うと、時代も民族も異なり、ショパンと共有できるものがないはずの我々が、そこにどんな自己表現の意味を見いだせるのだろう、という常からの想いが、ますます強くなった・・・

失った家族への想いが、ストーリーの上では語られることはなかったのも印象的だ。取り返しのつかぬ惨劇への怒りや嘆きは、うかつな言葉には託されず、ひたすらに抑制され続け、そして最後のバラード、そのコーダのただいっときに集約されて爆発した。

いかにも、重い。けれど、 『シンドラーのリスト』と比べればもとより、『ライフ・イズ・ビューティフル』と比べても、見ていて、怯え、疲労することが少なかった。それはきっと、主人公・シュピルマンがピアニストであったそのことによるのだろう。ゲットーからの悲惨な逃亡生活は、もろちん生きのびるための悪夢の選択肢ではあったが、肉体、そして民族としての生死のほかに、芸術家としての生死という二つの軸に支えられている、と思うとき、不気味なまでに根強い力を感じさせられた。シュピルマンは、肉体的にはユダヤ人であり、そしてそれ以上に精神的にはピアニストとしてのアイデンティティーに貫かれていた、という、その二つの軸のあり方が、やはり強く訴えてくるものがあった。

『ライフ・イズ・ビューティフル』も、ユダヤ人としての生死と同時に、家族に対する純粋な情愛、という二つの軸に支えられいた。違いは、『ビューティフル』では自己の外に守り続けるべき何者かが見いだされたが、一方のシュピルマンは、家族すら失い、ただ一つ残された自己の中に貫かれる精神性に殉じた、という点だろう。想像を絶する疲弊(ひへい)の果てに、ナチスの前では弾くことが許されなかったはずのショパンを弾き、そして没我の境域に自らを引き込んだとき、その精神性は、ユダヤ人であることを土台にしながらも、その土台を遙かに凌駕(りょうが)した高みへと到達していた。

もちろん肉体と精神のどちらが尊いかなどというのは、普通に暮らせる者が云々(うんぬん)しても何の意味ももたない議論だ。二律背反に分割することも時にはナンセンスだし、作中でもそうした短絡的な描かれ方はしていない。しかし、そのどちらもおびやかされた状況の中で、貫くべき何かを持った人物がいたということには、恐るべき感動を抱くしかない。原題は「THE PIANIST」のようだが、邦題はその本質をよく伝えてくれていると思う。「ピアニストの戦場」ではなく、どこまでも「戦場のピアニスト」であったのだ。惨劇のまっただなかで奏でられたピアノがあった、奇跡と呼ぶには痛ましすぎる物語。そしてエイドリアン・ブロディの名演であったと思う。(2003.4.11Diaryより)



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