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Diary
2001.2


2001. 2/6 - 20:20
5日ぶりに南京に帰って来た。ほっとする。たった数日でも、ネットでニュースとメールが確認できないと、妙に落ち着かない。2/2〜2/4は合肥(がっぴ・ごうひ)にいて、2/4〜2/6は上海の本屋で買い物をして戻ってきた。細かい事は、また旅行記として書こう。安徽省は貧しい貧しいと聞いていたから、どんなにすごいのかと思っていたら、都市部は全然そんな感じではなく、合肥も明るい普通の街で、居心地もよかった。しかしいつの間にか、どこに行っても南京と比べる習慣が身に付いているのが、我ながらちょっとおかしい。

2/4 阿川弘之『山本五十六(下)』読了。合肥から上海へのバス車中にて。
2001. 2/9 - 01:40
小旅行から戻ってこの2日、HPの更新ができないのを解消しようと、ただそれだけに没頭していた。のだが、結局理由が分からず、断念。サーバー移転のやむなきに至った。しぶとくあれこれ試してみたが、どんどん悪化するばかり。基礎知識がないと、気合いだけでは困難は解決できないものだと、思い知らされた。自分の力量で推し量れる困難なら、相当しんどくてもこなせるが、相手の実体が全く分からないと戦いにもならない。あ〜、疲れた。

今日は、香港から来ていた知人の知人の方々と夕食。こらの知り合いも含めて、合計9人の大所帯。馴染みの食堂にずらりと並ぶのは、全員男性、これはちょっとした梁山泊だ。日本では知り合わない人々との出会いは、出不精な僕にはちょっと貴重な財産かも知れない。みなさん、よい旅を続けて下さい。
2001. 2/10 - 14:00
明け方までずっとパソコン向かってたせいで、目が覚めたら体がピノキオみたいに硬直している感じ。もう滅茶苦茶な時間帯の生活とはおさらばして、今日から人として生きよう。とりえの視力もちょっと落ちてきてるみたい。恐れをなして、キレていた電球を買ってきて、スタンドのライトをつけた。もっと光を!(ゲーテの臨終間際の言葉だったかな?)

昨日、北海道の実家から南京に戻ってきた友人Y君がくれたお土産、「白い恋人」、おいしいなあ。
2001. 2/12 - 16:00
寝ても寝ても眠い。ずいぶん昔の植田まさしのマンガに、「寝る子は(バカが)育つ」って書いてあったっけ……

MIDIというのだろうか、ここ数日ずっといじっていた。ホントの楽器とは音のズレがあるから、なかなかイメージ通りにいかないけれど、面白い。近日中に第一作を公開するのだ。
2001. 2/13 - 21:45
テレビで「3年B組 金八先生」をやっていて驚いた。たった15年ぐらい前なのに、こんなんだったんだなあ、と、ちょっと感慨。不良っぽさも、今とは全然違っていて笑える。今の不良も10年もしたら笑われる対象になるのだろう。そう考えると、未来に於いてあざ笑われる格好をして自分をアピールし続ける彼らは、勇気ある表現者だと言えるかもしれない。ちなみに、吹き替えなのは仕方がないとして、「贈る言葉」まで中国語に翻案されてたのには、ちょっとがっかり。
2001. 2/14 - 00:00
日本から持ってきている辞書の原稿を書く仕事、滞りがちなのをちょっとずつ進めだした。あまりに滞っていて気に病みすぎたせいか、連日、出版社の作業場を夢に見てしまった。体によくない。だが、仕事をさぼったのがもっとよくない。

『金瓶梅(五)』読了。
2001. 2/15 - 14:50
MIDIの自作曲、第一作が出来たのだが、どうも音源によって全然違う音になってしまうらしい。シンバルのつもりで入力した音が、友人のパソコンだとカチカチという音になってしまったりして、うまくいかない。同じヤマハのソフトでないとダメなのだろうか。折角公開しようと思ったのになあ……

こっちのテレビは、むやみに社交ダンスをよく放映している。訓練されつくしたすごいキレのある動きだけど、見れば見るほど実生活には出てこない動きと表情だ。ううむ、世界選手権ともなると猛烈だ。こんなに表情つくってカッカッカッとステップを踏み、くねくねくねと腰を動かしながらも、日常生活は支障なくフツーに暮らしているのだろうか。ちょっと心配。
2001. 2/17 - 18:40
今日は、南京ドンブリさんとともに、近所の食堂「老地方」にて昼食を。メインは南ドンさんお勧めの「宮爆鶏丁(ゴンバオチーディン)」、鶏肉とピーナッツを油で炒めたものだ。その後、部屋に遊びに来て頂いて、中国の事やら、歴史の事やら、野球の事やら(これが一番多かった?)、都銀勤めの頃の話やら、色々楽しく伺ってしまった。今度、南ドンさんが教鞭をとっておられる、南京郊外・鉄心橋の三江学院まで遊びに行ってみるのだ。

夜、ドライヤーのコンセントを、日本用の変圧器ではなく、誤って中国の電圧の方にさしてしまったため、部屋のヒューズが飛んだ。それで夜はパソをいじれなかったけれど、お陰で早く寝られたのは、ケガの功名か。
2001. 2/19 - 12:30
昼時にテレビで「スラムダンク」をやっているとの話を聞き、見たいと思うのだが、どのチャンネルを回しても見つからない。部屋によって何故か映るチャンネルも違ったりしているから、たぶんそのせいだろう。日本のアニメだと、あとは「名探偵コナン」とか「ちびまる子ちゃん」なんかもやっている。
2001. 2/19 - 19:20
夕方、ノックの音に、「ど〜ぞ〜」と応えたが、し〜ん・・・これは、何かいつもと違う事が起ころうとしているのでは、とキンチョーしながらドアを開くと、そこにはなんと、南京ドンブリさんが奥様の南京小碗さんとご一緒に!昨日、上海経由で南京に戻り、明日からいきなり仕事再開というスケジュールとの事で、ちょっと大変だ。そんな合間を縫ってご紹介頂き、ありがとうございます(感涙)。ちなみに今日のこの欄にBGMをつけるなら、「妻を娶らば才たけて〜♪」。いや、それにしても久々に驚いてしまった。

床屋に行ってから一ヶ月、「はやく延びて元に戻れ」と念じる毎日、ようやく髪が延びてきた。と思っていたら、一ヶ月ぶりにあった友人に、「あれ、髪、失敗しちゃったんですね!」う゛、そうです……やっぱりまだ短すぎるのか、と内心落胆しているところに、エレベーターから降りて来た別の知人に、「あれえ! 髪、どうしちゃったんですかあ!」ぐひ。轟沈。
2001. 2/20 - 18:20
せんべいとスルメとチョコレート食べたら、気持ち悪くなった。おえ。

張紹『中国の書物と印刷』(訳:高津孝)読了。
2001. 2/21 - 23:50
向かいの部屋のコンゴ人男性が訪ねて来た。夜中、しょっちゅうカーニバルになるのがうるさいと思っていた事もあり、ほとんど話した事もない。おんやと思ったら、そのコンゴ人さん曰く、「部屋のヒューズが飛んでしまい、電気が使えなくなっちゃったから、君の部屋から電源をとらせてくれないか」「何やったら飛んだの?」「掃除機かけようとしたら」。僕も先日ドライヤーでヒューズ飛んでしまったところだ。一部屋に割り当てられている電力は、わずかに400W、そしてヒューズが飛ぶと、翌朝まで修復できない悪環境。日頃うるさいのは腹立たしいとしても、困った時はお互い様だ。それに直接話すと彼らは恥ずかしがり屋で、本当に人なつっこい。で、彼がもって来た延長コードを使ったのだが、とても彼の部屋までは届かない。彼が他にも延長コードがあるか探しに戻った間に僕も捜してみたら、使っていないコードがあったので、彼の部屋に行き「これ使えば」とノックした。「入っていいよ」と言われて、「はい、これ」って渡そうとしたら、欧米人の女性が遊びに来ているところで、二人で「ありがとう」。自分だけなら我慢したかも知れないが、これじゃ仕方ないね、と思いつつ部屋に戻ったのだが、よく考えたら、通常通りに僕が電気を使うと、おそらくこっちのヒューズも飛ぶ。仕方ないから、いまはテレビも電灯も全部コンセント外して、冷蔵庫とパソコンだけ電気取っている状態。それでなくても暗い部屋だから、てきめんに本を読むのが大変になった。今日は半徹夜でしなくちゃいけない作業があるのだが・・・しかも、延長コードのせいでドアが閉まらないから、部屋を留守にできなくて、シャワーに行けなくなってしまった。ううむ、国際交流。
2001. 2/22 - 12:40
コンゴ人さん、まだ起きて来ない・・・テレビつけたいのだが、たこ足のコンセントが遠すぎてとどかない・・・朝だぞ〜。いや違った。もう昼だぞ〜。
2001. 2/23 - 15:30
今日の夜、上海から南京につくという5人ぶんのホテルの予約を頼まれた。中国のホテルは、保証金と称して多額の前金を納めねばならないケースが多いので、銀行にお金をおろしに行く。いつも行ってる「中国工商銀行」でおろそうとしたら、「コンピューターが壊れてしまったから、○○支店に行ってくれ」と転送された。雨の中てくてく歩いて行き、戻って来て、さてホテル予約だとフロントにかけあったら、「部屋はあるから、彼らが来たときでいいわ」だそうだ。無駄足の標本にしてしまいたいような顛末。

坂の上に、昨日はサボテンを売っているおばさんがいたが、今日は雨のせいで、来ていなかった。サボテンの大きさはハンドボール大なのだが、随分と中身がつまっているようで「ぱんっ」としている。買いたくて迷ったけれど、あと数ヶ月しかいない事を考えて、断念。一昨年、来たばかりの時だったら買って育てたのになあ。
2001. 2/23 - 20:15
豚の皮をメインの具に使ったスープを食べた。肉団子、にんじん、キクラゲ、野菜なんかが入っていて、うまい。とんこつっぽいスープで、コクがあるのにくどくない。店主曰く、ホテルなどで食べると高いものらしい。

『水滸伝』のVCDを見ている。『三国演義』と並んで、数十枚もある大長編だ。これを見ていて、中国人が「三国志よりも、水滸伝の方が描写が細かくて面白い」と言っているのに納得がいった。確かに面白い。骨太なストーリーとキャラクターに、こまかな機微が盛り込まれていて、よくできている。林沖、楊志、武松がいけてる。それと、エンディングの民謡系の曲、あまりに勢いがよくて、つい口ずさんでしまう。
2001. 2/23 - 21:35
HP作りながら、久々にCDかけている。アシュケナージが弾いてるブラームスのピアノ協奏曲1番、第三楽章聴いてたら、それが何かは言葉にならないけれど、忘れてた感覚が戻ったようでなんだか涙が出そうだった。いまは、ラフマニノフの交響曲の第二番がかかっている。この後は、たぶんプロコフィエフな予感。

たとえ誰もがそれを望んでいたとしても、10年の償いが、一瞬になされ得るか、どうか。
2001. 2/25 - 15:00
サトーの切餅、焼いて食べた。うまい。きな粉も雑煮もお汁粉もいいけれど、やっぱり醤油が一番だ。しかし、焦げないように焼くのって、ほんとに慌ただしい。餅は貧乏人に焼かせろっていうのは本当だ。

中国の本も、紙の質が目に見えて良くなっている。ものが多い。街中では、ほとんど全ての人が夕刊紙などを読んでいる。本屋も混んでいるし、相当活字好きな様子だ。もし中国で、日本のようなマンガの週刊誌などが売れ出したら、紙資源の消費量は恐ろしい事になるだろう。
2001. 2/26 - 23:50
イマイチ気分が冴えない。これといって何にもないんだけど。それとも、何にもないから冴えないのか? もしかして、もう更年期?

ちょうど夕食時に気分が悪くなって、食べられなかった。もんだから、こんな夜中になって、腹が減って腹が減って仕方がない。しかし今日は、突然脈が速くなって、寒気がして、気分が悪くなって、3時間ぐらい死んでた。なんまいだぶ。
2001. 2/27 - 22:20
ラジオ聞いてても、日本に関するのは耳に痛いニュースばっかりだ。東芝のメンテナンス問題、日航機の中国人だけ差別問題、森さんの支持率も「9%で史上最低です」って言っていた。「ホントは日本だって悪い国じゃないんだよ〜」と呼びかけてみたいけれど、そう言える材料が段々減っているようで、ちょっと悲しい。

水餃子はよく食べていたのだが、いつも行ってる店で、今日初めてワンタン食べてみた。唐辛子をきかせた辛醤(ラージアン)をちょっとだけ入れると、味がぐっとひきしまっておいしい。寒い中で湯気にうもれながら食べるのも格別だ。

雨が降ってる。今年は雨が多い。静かで、静かすぎて、かえって眠れなかったりする。


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