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Diary
2000.12


2000. 12/10 - 04:40
突然思い立ってのHP制作、何の知識もなかったけれど、1週間没頭してたら公開にまでこぎ着けられた。素人をも巻き込むウィンドウズとソフトの力はあなどれない。ネットワークの情報が常に外向的に発せられるぶん、その情報を紡ぐ作業が内向的であることが、一層際立って感じられる。 月明かりの夜より静かな、雨降る夜更け。
2000. 12/11 - 02:40
髪が伸びた。もとから床屋とか美容院に行くのがおっくうだったけど、中国に来てからは、それに拍車がかかって、今回は3ヶ月伸ばしっぱなしだ。映画『始皇帝暗殺』の荊軻みたいになってしまい、我ながらむさ苦しい。髪を剪った後の「ああ、これで一ヶ月は自由だ〜」「頭洗うのが楽だ〜」というのはいいんだけどね。
2000. 12/13 - 00:00
三船敏郎と加山雄三が出てる『山本五十六』っていうVCD、「中国でこんなの売っててよいのか…」と思っておそるおそるさわりの部分だけ見てみたら、五十六は無謀な開戦に反対する立場に終始していて、これなら問題ないわけだ、と得心がいった。 『金瓶梅(三)』(訳/小野忍・千田九一)読了。
2000. 12/13 - 16:50
午前10時、サイレンが鳴る。長く尾を引きながら、沈鬱に何度も鳴り続ける。7分後、再び鳴り始め、数分間。そしてさらに7分後、今度は前の2度よりも短い間隔で、サイレンが鳴り響く。南京大虐殺の日は、こちらでは過去のことではない。正確な被害者の実数などはまだ検証の余地があるが、大惨事が起こったことは間違いないだろう。「大虐殺はでっちあげだ」と言う人は、南京に来て、随所に残されたその爪痕を見てみるといい。被害者やその子孫の話を聞いてみたらいい。アメリカ人が「原爆の被害は日本人が言うほどひどいものではなかった」と言ったならば、日本人はどう思うだろう。
2000. 12/15 - 16:00
納豆ってうまい…友達のご家族が南京に遊びに来たおり、お土産だった納豆のご相伴にあずかった。日本にいるときは別にそれほど意識してなかったけど、う、うまい…一口食べただけで、心の中に水戸の青空が広がる心地がした。納豆万歳。
2000. 12/15 - 16:40
まだ大人になりきってない薄茶色の毛の猫が、しきりに甘えてくる、ただそれだけだけの夢を見た。
2000. 12/20 - 22:50
ピアノ弾きたい! テレビで、ドビュッシーの「月の光」の演奏が流れてるのを見たら、忘れてた欲求が。本とピアノは、無いと苦しいなあ……
2000. 12/21 - 20:45
買い物の帰り、乗っていたタクシーの急ブレーキが間に合わず、前の車に衝突した。両方の運転手が車を降りて、ぶつかったところと相手の顔をじろりと見て、また戻ってきた。中国のタクシーは運転が荒くて、よくぶつかったという話を聞くけど、本当に危なっかしい。
2000. 12/22 - 03:30
『ラストエンペラー』(『末代皇帝』・中国語字幕のVCD)を見た。昔見たときには、背景に通じていなかったためにピンと来なかったけれど、今回はじっくりと見た。皇帝が英語でしゃべっているのには、ちょっと度肝を抜かれた。イマイチ重みが感じられなくて、残念。それはともかく、余計に語りすぎないところと、溥儀という人物に、無理に一貫した思想性をもたせなかったところがよい。細かい伏線が無数に張り巡らされていて、それが明確だが押しつけがましくないのもよかった。皇帝即位のときの垂れ幕の布と、宦官と戯れるとき、二人の妃とじゃれるときの布。屋根の上から外界を展望しようとするシーンも二度。はじめて外国人教師から与えられた自転車が、最後には新中国のもと、人々がみな使うようになっているシーン。そして、淡々とした中にも敢えてクライマックスはどこかといえば、満州国の傀儡皇帝となって後、皇后が自分のもとを去る際に追いかけるが、門を閉ざされてしまうシーンだろう。これが物語前半の、紫禁城から担ぎ出された母親を追うシーンを伏線としていることは言うまでもない。二度皇帝になり、二度廃され、母を失い、妻も失う、という構図。 中国に身を置いて見ると、日本軍のあり方には度々身のすくむ思いがする。映画の日本軍の虐殺シーンの映像の中には、中国のニュースで度々使われているものがあった。一方、ほんのわずかだとはいえ、原爆の被害も映しているのは、アメリカの良心か。ふと思ったのだが、昭和天皇も、敗戦の時には、自分が今度は溥儀になるのだと覚悟したのかも知れない。
2000. 12/22 - 21:45
どんなに美しい旋律にのせても、語るべきものをもたない歌はむなしい。だけど、語るべきものがないなら、せめて美しい歌を、という思いも、ないと言えば嘘になる。
2000. 12/23 - 00:00
旅行記とか食べ物の欄とか見てると、なんだか自分が旅行好きでアクティブな人間であるかのようだ。ははは。
2000. 12/26 - 23:55
中国が誇る映画監督の巨匠、張藝謀(チャン・イーモウ)の新作発表会を見に行く機会に恵まれた。友人Sさんが、太極拳仲間の中国人の方からチケットを手配してもらい、その恩恵に与ったもの。南京の東南大学の講堂にて。 張藝謀は、思ったより若い感じで、低い声がしぶくてよかった。張藝謀の隣には、明日封切りの映画『幸福時光(幸せなとき)』の主演に抜擢された董潔(ドン・ジエ)も同席していた。聡明そうで、しっかりした対応のできる少女。試写会の前に会場からの質問の時間がとられたのだが、これがなんと1時間半以上にわたった。日本で言えば、黒澤明にあたるような巨匠なわけだから、直接話をしてみたいのは、まあ当然と言えば当然のことか。 色々な質問にそつなく応える様子は、本心がどうであるか窺い知れぬ部分があるのも含めて、さすがだなと頷かされるものがあった。中国の発展・愛国主義などを鼓吹し、オリンピック招致がらみの事柄を熱く語るあたりには、政府向けのパフォーマンスの部分もあるのだろう。しかし最近の『一個都不能少』(一人も欠けてはいけない:邦題「あの子をさがして。」)にも中国の現状改善を訴えるメッセージが込められているところからも、あながち政府に向けたアピールというわけでもなさそうだ。 正月映画ということもあり、コメディタッチのいいテンポで物語は進む。主演の趙本山も喜劇系であるため、随所で笑いを盛り込んでいるのだが、そのせいで、観客は完全な「コメディ」として作品を見ようとしてしまい、しんみりした場面でも、何を思ったかげらげらと笑ったりしていた。主人公の少女は目が不自由なのだが、身障者に関しても日本ほど神経質ではなく、面白味としてとらえてしまうところもあり、そういう意味では監督・張藝謀の意図が必ずしも実を結んでいるとは言い難かった。しかしその会場全体の勘違いは、張藝謀本人の談話を聞いた直後の高揚感のせいもあったかも知れず、通常の劇場で見れば、彼らもその哀感を共有するのかも知れない。ちなみに、当たり前だが字幕がなかったので、結構苦しいところもあった。 映画『幸福時光』のあらすじ: 工場勤めのおじさん(五分狩り頭に汚れたシャツ、不器用そうだが人がよい。「幸福時光」という恋人の憩いの場を作ることを夢想している)が、太ったおばさん(とパンフにも書かれているのがすごい)に恋をする。そのおばさんには、これまた太った息子と目の不自由な娘がいるのだが、目の不自由な少女は邪険にされて自分の居場所がない有様。おじさんは、花束を持ってせっせと太ったおばさんに会いにいくうちに、その少女を不憫に思うようになり、自宅に引き取り、工場の気のいい仲間たちの手を借りつつ、なにかと世話をしてやるようになる。 少女は、自分を捨ててどこかに行ってしまった父親からの手紙を持っていて、それをおじさんに「読んでくれ」と頼む。手紙には、お金がらみの話があるのみで、少女の身を案じる言葉は出てこないまま、手紙は終わっていた。読み終わったおじさんに、少女は「ほかには何も書いていないの? 私のことは書いていない?」 と訊ねる。おじさんは、少女が実父を慕っていては、自分と太ったとおばさんの恋愛に支障があると思ったか、「ああ、書いてないよ、何にも書いてない」とすげなく答えるが、友人に肘でつつかれ、しょげかえっている少女を目の当たりにすると、「いや、書いてあるよ、うん、書いてある」と訂正。少女に「続きを読んで」請われるが、元来口がうまい方ではないおじさんは、もごもごと口ごもってしまい、「うん、続きは……そうだ、明日読んでやるからな」とごまかす。 その夜、おじさんが、しばらく会うことができなかった太ったおばさんに花束を持って行くと、なんとおばさんは、もっと大きな花束をもった新しいお金持ちの恋人と部屋でいい仲に。傷心のおじさんは、のんだくれて街をさまよい、ヤケになって通行人にからんで殴られたりするが、少しばかり酔いが醒める頃、ファーストフードに入って、少女の父親からの手紙を取り出す。そして、その手紙に、作文のように書き足してゆく……翌日、少女の按摩の職場(といっても、少女を元気づけるために、工場の人々が作った架空の高級按摩室なのだが)が、工場の都合で取り壊されてしまう。呆然とするなかで、おじさんは少女と一緒に坐り、前夜書いた手紙を少女に読んで聞かせる。文章を書くことなどなかったであろうおじさんの、訥々とした手紙は、「お父さんは今は仕事の都合ではなれているけれど、いつでもお前のことを心配している。痩せすぎだから、もっと食べて元気にならなければいけない、云々」少女が実の父の言葉として聞き涙を流したその言葉は、おじさんの心が言わせた思いであり、物語はそこで唐突な感じで終わる。
2000. 12/28 - 05:10
ふと気が付けば、あと4日で21世紀。結局、ミレニアムと21世紀の幕開けは、どっちも南京で迎えることになった。新世紀っていうのは、確かに何かを期待させるような、不安でもあるような響きだけど、でも考えてみればイスラム暦ではまだ千四百何年だかで、世紀末なんて関係ないわけだし、西欧・キリスト教という一つの尺度から見た、区切り目でしかないわけだ。信仰も一つの尺度、科学も一つの尺度、資本主義も民主主義も一つの尺度、時間すらも一つの尺度、多様な物差しを適宜活用しながら、それ以外の物差しもあることを忘れずにいる、というのは、口で言うほど容易ではないことだ。 今日(もう昨日か)、もうすぐ日本に帰国するTさんの送別会ということで、5人の友人と『上海灘(シャンハイタン)』というレストランに行った。カニやらスープやら鶏やら、おいしい物ずくめで、サービスは上々、しかも値段も比較的リーズナブル、店は活気があって、あっという間に満席に。その賑やかさから我に返ると、同じ顔ぶれがそろうことはもう二度とないんだろうなあ、という思い。
2000. 12/29 - 01:00
蔵書目録を作りだした。詳細な項目の記入は後回しにすることにして、とりあえず一覧表を作ってしまうことに。読書をはじめたのが中一の秋だったから、それからの分をまとめ直すとなると大変な作業だ。まあ、これまでの読書の総ざらいだと思えばよいか。でも、日本に戻らないと分からないのも多数あるから、完成はずいぶん後の事になってしまうだろうなあ。あ、気が遠くなってきた。
2000. 12/29 - 22:50
はじめてマッサージに行った。全身コースと足コースで、それぞれ1時間ずつ。終わったら、足の裏の軽いこと軽いこと。
2000. 12/31 - 14:40
大晦日。一ヶ月後に、農暦の正月(春節)を控えているため、日本ほど年の瀬という感じがしない。というか、全然しない。こうなると、日本風のどたばたした雰囲気がちょっと懐かしかったりして。今日の夜は、友人たちと年越し韓国料理を食べに行く予定。ううむ、国際的。というより、アジア的? 来年がいい年でありますように。 蔵書目録と称したが、一覧表になってしまった。いずれ細かい事項も記入して、自分用のデータベース化できればよいなあ。



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