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・だんだん秋も深まり、その筋の方々はそろそろ道具の準備をはじめるところ。 もうオープンしちゃった気の早いところもあるが、
先日書店へスキー雑誌を購入しに行ったのだがまだ時期尚早で品揃えが悪く、 スキーに関してはマテリアル一覧特集だとか、 ゲレンデガイドとかしかない。
仕方ないので何も買わず、とりあえず立ち読みしてきたスキー雑誌によると、 スキー場ランキングは概ね以下の通りである。 1位 志賀高原
2位 Mt.Naeba 3位 八方尾根 4位 野沢温泉 5位 栂池高原 まあ、定番の顔ぶれですな。
簡単にご紹介。 1位 志賀高原(信越エリア:長野県)
pom1が初めてスキーを履いたところであり、今もなおホームゲレンデとしている。 13のスキー場が集まった我が国最大規模のスキー場群であり、標高も1300m〜2300mと高いところから、 オープンが早く、また5月末まで春スキーもできる。 標高が上がるにつれ雪質も向上。奥志賀エリアや熊の湯・横手山エリアの雪質は上々。 コースバリエーションは豊富だが、丸池エリアと一ノ瀬エリアに集中しがちか。 日券を購入すればバスに乗れるので空いているエリアに移動しよう。 志賀の難点は、 "量産型MS"の異名をとる高校修学旅行団の出現。画一的なウェアーのボーゲン軍団にゲレンデを占領されるぞ。 そして、こいつらと同じホテルになると、 最悪である。まるで遊園地のガキである。 (まあ、自分もそのレベルからスタートしているので、はしゃぐ気持ちも分からんでもないが。) それと、宿泊施設が形式ばったいわゆる"巨大宿泊施設的"なもの中心であることと、 夜、呑み歩けるような"街"が無いこと。 宿泊施設の難点はクオリティの高い定宿の確保で克服した。
2位 Mt.Naeba(上越エリア:新潟県) 要するに苗場のことね。有名女性アーティストが有名にしたことでも有名。 核となる苗場プリンスホテルを中心に何基ものリフトが並ぶ姿は壮観であり、 輸送力も国内一。そしてここはとにかくプリンスホテルだろう。苗プリさまさま。 苗プリの中はあらゆるジャンルの施設が揃い、あたかも一つの街だという声も聞く。 上越エリアということから首都圏からの人気が高く、 11月中旬には広い草原に人工雪を集めた廊下のようなゲレンデで早くもオープンしたり、 ハイシーズンにはバカ混みしているのをニュースで報じたり、 すんげ〜長距離のゴンドラリフトを新設して近隣のスキー場と連絡してしまったりと、 話題に事欠かないスキー場である。 ちなみにpom1は まだ行ったことが、 無い。
3位 八方尾根(白馬エリア:長野県) 20代前半まではよく攻めた。 リフトがトロく、ゲレンデ規模の割には輸送力が低いこと。
最速と思っていたゴンドラリフトには長蛇の列。リフトを乗り継いだ方が早い場合がある。 夕方には下山のための名物"民族大移動"が発生し、 午前中にはカービングターンでかっとんだ快適なローゼンスラロームゲレンデは、 "1人1コブ状態"で静波海水浴場並みの混雑となる。 長野五輪でも問題となったが風が強いため、しばしばアイスバーン化する。 かつてはシーズンに3回は行っていたお気に入りのスキー場であったが、
アクセス道路の飛躍的整備と五輪による知名度UPで混雑に拍車がかかった上、 簗場付近の道路渋滞がしょうもないので、 '98年以降は行っていない。 4位 野沢温泉(信越エリア:長野県)
pom1の好きな、スキー・温泉・呑み屋がすべて揃う聖地。 オリンピック選手を多く輩出していることでも有名。 スキー場は村営という気合の入れ様。 まさにこの村は温泉とスキー場と一体なのだ。 ゲレンデ難易度は初級と上級に偏っている。
スノボ解禁したのは賛否両論だが村として苦渋の決断だったことだろう。 とりあえずオフピステを滑る不届き者を取り締まって欲しい。 まあ、スキーするのがおっくうな時は宿でゴロゴロして温泉に行き、
夜は呑みに行くというパターンも使えるのがここのいいところ。 志賀同様、定宿を確保してあるので安泰。 5位 栂池高原(白馬エリア:長野県)
「初心者でも安心♪」のスキー場。 スキー場全体に占める緩斜面割合が高い。 下部では横幅が1キロあるのではないかと思う。 かつてはボーゲンの女の子が多くいるイメージがあった。 その中でも「鐘の鳴る丘ゲレンデ」の知名度は全国区だろう。 かと思えば「馬の背コース」などという尾根+コブ+狭いの 3拍子揃ったデンジャラスなコースもある。 かつては年1回くらい行っていたが、97年くらいから行っていない。 メシが旨くてゲレンデに近いいい宿があったなー。 バブル期には「ナンパスキー場」として名を馳せたが 今もそうなのかな。 それにしても鐘なんてコテコテだよなー なお、春シーズンになるとヘリスキーというオプションが登場する。
以上である。
ちなみに'96年頃の、某雑誌(地元浜松のタウン誌)によるスキー場ランキングはこれと少し異なる結果であった。 前述の志賀、八方など居並ぶメジャーなスキー場を押えて堂々の1位となったのがなんと、 日和田高原オケジッタスキー場!!! ………。 (゚д゚)ハァ? な〜んやそれ。どこそれ。 全く理解に苦しむランキング結果であった。読者の投票とはいえ、これは何? 日和田高原オケジッタは、
国道19号線木曽福島町より国道361号線を開田村方面へ行くこと約40km。 きそふくしまスキー場より奥にあるおんたけロープウェイスキー場より奥にある開田高原マイアスキー場より奥。 なんとチャオ御岳の手前というとんでもないところにあるスキー場なのだ。 しかも規模といえば周囲の大スキー場に囲まれながらもここはリフト2本……。 ここまで行くならわざわざオケジッタする奴なんかいないだろー? と思ってしまう。 ところがである。ここからがランキング1位になった秘密である。 この頃はスノボ解禁のスキー場が少なかった。
日和田某は周囲のスキー場に先駆けていちはやくスノボ全面解禁した。 だから横滑り系の支持票を集めて ランキング上位になってしまったものと思われる。 それにしても浜松の有名なタウン誌に掲載されていた情報とはいえ、
ちょっといい加減な情報では?読者のアンケートをもとにしているようだが、 いくら支持を集めたとはいえなぜに志賀や八方とかより日和田某が上位なのか? 読者が異常に横滑り系に偏っていたか、 情報操作があったと思えてしまう結果だ。 それにこの雑誌の中では横滑り系のことしか情報が書かれていなかったし。 タウン誌なんだから幅広い年齢層にウケるように作らないと。 そっちのほうが問題だな。 なお、翌年には全国のほとんどのスキー場が右向け右でスノボ解禁。
翌年このタウン誌のランキングにはオケジッタのオの字も見られなくなった。とさ。 日和田高原オケジッタスキー場の情報は(おやまあ公式HPが無い!)
JR中央西線木曽福島駅下車 バス70分 R19木曽福島→R361高山方面35km リフト券:1日券¥3,000 リフト:ペア1本、シングル1本 チャオ御岳に向かう道中にある。 一度拝見したが、誰も滑ってなかった。やっぱり穴場。 バブル崩壊と共に我が国のスキー場にも異変が起こった。
スキー客の減少である。 特に宿泊客中心だったスキー場ほどその傾向は顕著である。 最盛期の2/3ともいわれている。 かつて映画が火付け役となり、バブル期のリゾート志向ブームで、
週末はリフト待ち15分なんてことあったけど、 起爆剤になると思われたスノボもブームみたいなものだったし。 結局スキー場に足を運ぶ人数の上乗せは果たされなかったみたい。 前からスキーに行っていた者にとっては朗報だ。
年末年始でもリフト待ちが5分以内だから、以前より沢山滑ることができる。 混雑していないゲレンデこそ、本来の姿。 スキー場側にとっては、大変なんでしょうけど……。 こんなネタもある。
かつて入場制限を行っていたスキー場
現在は入場制限やってないようだが…… 余談になるが、それでもヘブンスの週末はファミリーでごった返すのがたまらん。
どっと混む(一番左側のリフトは空いてる)。 レストランも然り。 食事が済んでも席で寝たまま占拠しつづける者もいる(自分も時々やってしまう。疲れた……)。 そこで、 ここはスキー場の規模がコンパクトなので午前中ガンガン滑って昼過ぎに上がるようにしている。
昼食は帰りの道中にとればいいのだ。温泉にも寄れるし。 表題の通りのテーマなんだけど、そういう体験あります?
初めてリフト乗った時って、大体地上5〜6mぐらいのところを進むから
すげー高く感じて恐かったのでバーにしがみついていた。 そして移動中、支柱にある「飛び降り禁止!」の注意書きを見ては 「そんなことするヤツいねーよ(怖)」なんてツッコミをいれてみたり。 こういう心構えならまずリフトから落ちることは無い。 しかし慣れてくると恐怖感が薄れるからリフト上で余裕かまして
いろいろアクションをしてしまうと……。 極稀ではあるが、転落することがある。 場所によっては命に関わる重大事故になってしまうのだから要注意だ。 こんな奴をみたことがある。
茶臼山高原にて。
その日は前日に大雪が降り、珍しく天然雪フカフカでゲレンデの積雪量も多く、
リフトに乗っていても板が地上に触れる。ソリのような気分。 いい気になって余裕かましたアクションを。 板を前後にゆすったりしているうちにスキー板で地上の雪を掘り返せるのか 試してみたくなったらしい。能天気にも板の先をスコップのように雪面に刺していた。 が次の瞬間、 ザッ、グボッ
「お、おい! どうした!?(ペアリフトに同行した友人の声が頭上をフェードアウトしていく……)」
(ここでCM)
スキー道中に車内で聴くものの中に18歳受験生時代に作ったカセットテープがある。
題して「SKIMUSIC」 この曲は高校時代に製作した第1弾と社会人になってから製作した第2弾がある。 これらテープに収録されている曲を聴くとその当時が思い出されてくる。
ざっと昔話に浸ってみるとしよう。 ’90シーズン
「ねるとん紅鯨団」のCM中に放映された ミズノのCM、この頃はスキーバブルなので 「ケルビンサーモ」というスキーウェアをはじめスキー三昧。 ケルビンサーモとは、白を基調としたウェアだったが生地に仕掛けがある。 気温が下がり生地表面温度が一定以下になると チェッカーフラッグのような黒い模様が浮かび上がってくる。 (昔小学○年生の付録とかにあった日光写真みたいだね。なつかしー) 黒は熱を吸収しやすいのでこれで太陽光を吸収して体感温度をあげようというもの。 実際効果があったのだろうか?バブル的発想でなければよいが…… ここでのタイアップ曲は高野寛「虹の都へ」 けっこう洗練された感じの曲でした。 ’91シーズン
前半(90年12月末まで)高野寛「ベステンダンク」 後半(91年1月〜) 「ベステンダンク」のB面、「エーテルダンス」 こちらもねるとん中のミズノCMでタイアップ。 「虹の都へ」の雰囲気を受け継いだ感じだが「エーテルダンス」は完全にスローでムーディーな歌。 金も無く足も無い高校時代。いつも350キロ彼方のパラダイスのことを考えていた。 トラックのバックブザー音にある「ピンポーン、ピッピッピッ」という音がリフト乗車時の「ピンポーン」に聞こえてしょうがなかった。 そしてこのミズノCMを見るとその気が倍増。
受験戦争で苦戦するが ついに高校卒業後に志賀高原4日間スキー旅行が実現となる。 もう、楽しかったの何のって。 なおアルペンのCMについていえばヒロセコーミより以前、
ゴーバンズ(なつかしっ)の「あいにきてIneedyou」とかいうがタイアップに使われていた。 まさにこの頃はスキーバブル絶頂期! ちなみにVictoriaのCMは
BBクイーンズのギンギラパラダイスだった。 ’92シーズン cho-cho-train 今考えてみるとダンス&ヴォーカルの走りだったかもしれない、ZOOの曲。 21世紀ではEXILEがカバーしているが、 JRSKISKIでタイアップ。 ’93シーズン
yayaya チャゲアスの歌ではない。 この曲もZOOで、 JRSKISKIでタイアップ。 このCMで、闇夜に雪原で両手にたいまつを持って踊る様を よくスキー場で真似したもんだ(変) ’94シーズン
「Ding Dong Express」 またもやZOOでJRSKISKIのでタイアップ ちなみにこの曲を使って1回自作スキービデオを製作したことがある。 ’95シーズン
AngelicDream 山形新幹線開業もあってアップテンポな曲 ’96シーズン
浜ちゃんの「春はまだか」 JRSKISKIのテーマ曲なのに春はまだかぁ?とは何事? 選曲ミスってないか? 冬はこれから。
そうそう、この頃になるとスキー文化にも だんだん暗雲がたちこめてくる。 相変わらずアルペンはヒロセコーミを使っていたと記憶しているが、
あまり興味が無かったのでここでは触れない。 ’97シーズン
人気スキー番組「スキーNOW」の打ち切りと共に、 ”スキー文化”も終焉を迎える。 なおスキーNOWの後番組として「SNOWBEAT」が始まるが スノボとスキーの両方をとりあげようとして中途半端な番組構成となったため、 いまいち面白味に欠けていた。かつてのSKINOWほどの洗練された番組内容でもなかったし。 そんなこんなでどちらの客層からも支持を得られなかったらしく、
鳴かず飛ばずで2シーズンほどで終了したと記憶している。 (゚д゚)ウマー
バブル期
「スキー場近くのタウンにはディスコあり」 何でもありだったこの時代 思い出してみれば宿1泊が1万円以上は当たり前だったな。 知っている限り、志賀、野沢、赤倉、栂池、八方、草津といった大物には ディスコが付き物であった。 現在そのディスコはといえば、カラオケBOXに改修されたか、 土産物屋に改装されたか、廃墟になっている。 ディスコ末期には音楽だけが流れて2・3人の客が端っこで酒を飲んでいるだけという 悲惨な状態だったらしい。 1995頃
「スノボ全面禁止!」 ↓ 「スノボ全面滑走可!」 アメリカからやってきた新しいスノースポーツ、スノボ。
始めの頃はそのスタイルの違いから随分白い目が向けられてきた。 スキー場での扱いもそうで、大抵のスキー場が「スノボ滑走不可」
もしくはライセンス取得で一部滑走可とかであった。 (こういった経緯の中、「日和田オケジッタ」は束の間の脚光を浴びることになる) それが1シーズンほど経過すると右向け右で揃って「スノボ全面滑走可」になる。
当初は「ライセンス要」も多かったがやがてそれも撤廃。 ほとんどのスキー場が「スノボ全面滑走可」を標榜するようになる。 結局、みんな模様眺めしていただけだったのね。 それにしても、アメリカから入ってきたものってそれまで日本にあったものを駆逐する習性があるようだ。
ブラックバスといい、アメリカセンダングサといい、クルマ社会といい。
あっ、これ余談だけど。
1998頃
「アイテム充実」 ハーフパイプ、クォーターパイプ、キッカー、テーブル、レール等 いずれもフリースタイル系スノボの遊び道具だ。 それにしてもよくあんなに跳べるなあ。レール滑ると板は傷つかないのかな。 1999頃
「スキー帰りはやっぱり温泉!」 スキー+温泉って今やステレオタイプになってしまったのであろうか? 都市近郊のスキー場は必ずといっていいほどCMにて温泉をウリにしている。 そんなに温泉を宣伝したら混み過ぎて大変だよ。 バブル期にはそんなこと言ってなかったけど、 pom1がスキー帰りに温泉を組み合わせるようになったのは大学3年以降、 自らクルマでスキーに行けるようになってからだろう。 2001頃
「ファミリー向けにソリゲレンデ充実!キッズパークも整備」 スノボの若者グループ呼ぶより、1ファミリー呼んだ方がスキー場的には儲かるということに気付いたか。 ファミリーでスキーとは文部科学省の「ゆとり教育」にも迎合させているのかもしれない。 ここからはスキー場宣伝ネタ
あら○ぎ高原 一度行って「こりゃあかん」とそれ以来行っていないが、 '04シーズンのここのラジオCMもバ○丸出しだ。 若者言葉を並べりゃいいってモンじゃない。 スキー場に集まる客層のモラルの低さがそのままCMにも出ている感じ。
まあ、そういう年齢層及びタイプの人間を集客したいということならいいのだが。 伊那スキーリゾート
なんでも略語にしてしまうのが我が日本語の悪いクセなのだが、 このスキー場も数年前から「伊那リ」とやってる。
昨シーズンもイナリ、今シーズンもイナリだが、
果たして「伊那スキーリゾート=伊那リ」という認知度は一体世間にどれだけ浸透してるのであろうか?
「スキーとスノボとソリ」という欲張りぶりが
富士見パノラマ「スノーモブ」
"リーダー格"のトラまだ見たことないがゲレンデ内の
1枚バーン、モーグルバーン、アイテム周辺等の10数箇所に スノーモブというその手のエキスパートが棲息していて、 たまーに客をキャッチしてテクニックをアドバイスしてくれるらしい。 経営難から元SAJデモをアドバイザーに加えての作戦らしい。 考えてみれば昔ここのスキー場はバ○みたいなCMばかりやっていたので 生まれ変わろうとしているのだろう。 スノースポーツの原点でもある「楽しさ」を教える、って素晴らしいね。 ![]() スノーモブ達勢揃い。トラだけじゃないぜ。ジャンル別にいろいろいる。
よく見るとゾウなんてのもいる。pom1はどれに一番近いだろう??
改名ブーム イメージアップのためか、それとも流行か、 バブル崩壊後、スキー場の改名が相次いでいる。 (旧)飛騨舟山 → (新)ひだ舟山スノーリゾートアルコピア (旧)何だっけ?新設? → (新)ひだ乗鞍ペンタピアスノーワールド
(旧)位山高原国際
→ (新)モンデウス飛騨位山スノーパーク
(旧)富士天神山 → (新)ふじてんスノーリゾート
(旧)日本ランドHOWスキー場 → (新)スノータウンYeti
ガード下の落書きのような、のたくったようなロゴと
スノータウンという安近短的なサブネームを冠するところに
ここの
単に経営者が変わったからというのもある。
(旧)八ヶ岳ザイラーバレースキー場 → (新)シャトレーゼ八ヶ岳スキー場 このスキー場の設計にも一役買ったといわれるあの名スキーヤー、トニーザイラーの名が消えてしまったがそれでいいのか?
ちなみにシャトレーゼというだけあってセンターハウス内には洋菓子直売店があり、甘〜い香りが漂う。
これなんか、2回も変更しているから驚きだ。
(昔)山梨県営八ヶ岳スキー場
→ (旧)kitzmeadows大泉清里スキー場 → (新)Sunmeadows大泉清里スキー場
旧経営者であるKITZという企業名を見事に消した。
かつての国際ブーム
ちなみに昔は「○○国際スキー場」ていう国際ブームがあったらしい。例を示すと、
@札幌国際
A上越国際
B妙高国際
![]() E芸北国際
……
なお、この国際という言葉を付けた理由は
なんとなく開かれたイメージを付与すること以外、ほとんど何の意味も無い らしい(とある本による)。
スキーに行くなら泊まりの方が何倍も楽しい。ヒマと金があればいつでもそうしたい。
疲れは回復できるし、夕飯、朝食は食べることができるし、 何より街を散策したり酒を喰らうことができるなどいいことずくめだ。 スキー歴17年のpom1が、これまでの経験をもとにまとめた 宿を選ぶ際のチェックポイントとこれまで利用した主な宿の評価を紹介します。 @メシ
これは最も大事である。せっかく遠くまで来てヘタレるまで滑ってきたのに 晩メシがお粗末だとやりきれなくなる。 まあ野沢だったら居酒屋にでも行って"補充"できるが、 志賀の場合は周囲に何もないだけにどうしようもなくなる。 以前泊まったところで「スキヤキ1時間食べ放題」というのがあったが
味付けが尋常でないくらいしょっぱく、とてもおかわりできる状況じゃなかったという、
ヒドいというよりかなり悪質なものがあった。
A接客
宿泊料が高くてもこれが良ければまあ許すかと。 接客態度がいいといってもマニュアルキチキチのやつはダメ。 ごく自然にアットホームな感じを与えてくれるところ。 これまで接客の良かった宿はリピーターとなり、定宿化している。 B¥ 学生の頃はこれが安いほど良宿の証しみたいな感じだったが さすがに社会人ともなると前者2項目の重要度が増してきてこの項目は さほど重要性がなくなってくる。それでも民宿8000円、ホテル12000円くらいが 許容範囲だけど。 これをケチるとクソ宿に遭遇する危険性がかなり高まる。 Cゲレンデへの近さ
徒歩1分と徒歩10分……。 あの決して軽いとはいえない道具と決してフットワークいいとはいえない ブーツを装着した状態でどちらが楽であろうかなど言わずもない。 夕方、ゲレンデをあがってから宿までさらに10分歩くとなると想像するだけでつらい。 D駐車場の利便性
"駐車場無し"の宿は大変である。宿から離れた村営の駐車場に有料で停めることになるから。 ちょっと忘れ物があってもなかなか取りに行けないし、 帰りの時にもまたクルマを取りに行ってこなければならない。 クルマで行くなら駐車場併設の宿をゲットすべきである。 ベルク丸金屋★★★★
野沢の定宿。1999年より定宿化して久しい。 野沢に行くときは必ずここ。 料金の手頃さと施設の新しさ、テレビは有料じゃないし、 スキー置き場ではワックス台があるのでチューンナップもできるし、 スタッフが親切でよくpom1のことを覚えていて下さる。 そしてメシが旨い。味とボリューム。いくつか宿を渡り歩いてここにたどりついた時は 「これだ!!!」と感じた。 pom1の生命の大車輪がpom1の直感をプッシュし(有名なフレーズのパクリ)、 すかさず宿のおかみさんに「私pom1はこれからここを定宿にします!」と宣言。 このままいけば一生付き合っていくことになりそうだ。 ![]() 丸池観光ホテル★★★
ベルクと並んで丸がつくが、こちらは志賀高原での定宿。 志賀高原に行く際にはほとんどここしか利用しない。 ホテルとは名ばかりでサービス低級な巨大宿泊施設群(とある雑誌の表現を引用) が林立する志賀高原にあって、数少ない真のホテルだ。 そりゃあ結婚披露宴だってやれちゃう訳だ。 当然、前に示した5項目をすべて満たしている。 夕食は名物四川料理のコースだ(和食もあるようだが、いつも中華にする)。 ここがスキー場であることを忘れてしまう豪華ぶり。 ダイニングが禁煙であるのがおいしい食事を存分に味わえるわけで、とにかくうれしいことだ。 朝食のバイキングもバリエーション豊富で楽しい。 大浴場と温泉を引湯した露天風呂もある。 ランチタイムではダイニングがゲレンデレストランとして開放され、盛況である。 長野電鉄グループである。 丸池観光ホテル全景 そして名物中華料理の代表作、坦坦麺
¥に余裕がある時には是非利用したいところ。 こちらも長野電鉄グループ。 長野電鉄は志賀高原の開発を中心になって行ってきただけあって リゾートというものに対する責任感とか信念がしっかりしていると思う。 到着するなりホテルマンが玄関にお出迎え。「お待ちいたしておりました、pom1様」と 名前であいさつしてくれる。荷物は部屋まで届けてもらえるし、クルマもそこから駐車場に移動してくれる。 夕食はフランス料理(和食も選べるらしい)に舌鼓。 当たり前だが、ダイニングは禁煙である。 展望のいい大浴場は0時までオープン。バリアフリーでゆったりできる広さ。 なお、大きな暖炉のあるホールは夜ラウンジバーになり、ムード満点。 当然ながら今晩「勝負」したい時にはここを利用すべきである。 奥志賀高原ホテルと奥志賀高原スキー場
シェラリゾート奥志賀
奥志賀のプチホテルエリアにあるプチホテル。 シェラリゾートは他に白馬や東北にもあるらしい。 数年前のGWに春スキーしようということになり 「じゃらん」で予約して行ってみたがなかなかだった。 食事は洋食で、夕食はフランス料理のコース。 100%カップル向きで、野郎2人で行くとモーホーだと思われるぞ。 無論、「勝負」で利用すべきところである。 窓からは残雪のカラマツ林が一望できてごきげん。 大浴場は無いので部屋のユニットを使用するしかない。 残念なのはダイニングが禁煙でないことか(泊まった当時。今はどうかな?)。 せっかくのおいしいフランス料理が台無しであった。 こんな時代なんだから、ちったあ考えてほしいものである。
※どうも経営難により別会社に営業譲渡されたようです(2006/1月確認)。
志賀高原ホテル
今や伝説のホテルと化してしまった。 ここの売店で購入したマグカップがプレミアものになってしまった。 昭和12年志賀高原で最も早く開業したリゾートホテルの草分け的存在だが、 親会社京都ホテル倒産のあおりを喰ってこちらも廃業。 かつて本館、新館、別館、レストランとあった建物群は三角屋根のエントランスが印象的な本館のみを残して取壊され、 記念館として再生する日を待っている。もうホテルとして甦ることはないのだろうか。 営業していた頃に4回ほど泊まることができてほんとに良かったと思う。 別館のタイ料理がおいしかった。ダイニングのフランス料理がおいしかった。朝食のバイキングがおいしかった。
大雪が降った翌日は、朝食時に早めの志賀下山を促してまわる親切なスタッフがいた。
真新しい展望風呂から見える雪景色が美しかった。
そして、本館にあったあのマントルピースがあるバーが最高だった。
ジャズを聴きながら飲るカクテルの味は格別だったよ。
今も残る「志賀高原ホテル」ロゴ入りの時計塔 創業当時の姿を残す志賀高原ホテル本館だけが残された。
pom1が泊まった1998年、この本館の他に新館、別館、レストラン棟が
立ち並び、威容を放っていた。2003/10/19撮影
まだ貧乏学生気分が抜けきらなかった社会人3年目くらいに行ったためか、 とても豪華に感じたと記憶している。 夕食はフルコース。メインは口直しのシャーベットをはさんで魚と肉が両方出される。 ポラロイド写真のサービスや、ピアノ・フルートの生演奏もあって最高!!! 大浴場もあったようだが残念ながら利用しなかった。ぐああ、しまった。 なお最上階にあるバーラウンジは超おすすめであり、
なんと天井が開く!寒いけど星空が素晴らしい!!!!!!
星を眺めながら愛を語るもヨシ、バーテンダーにリキュールの薀蓄を聞くもヨシである。
そのうち、写真も掲載する予定です
板 アトミックβarc
Ambition 171cm 色……橙
5代目となる主力機。スピードも出せて、かつ抜群に切れるカービングスキーだ。
コレで取れるか?1級
オガサカ KEO-S KS-2 180cm 色……青 カービング入門機。4代目。自分にカービングスキーの世界を覚醒させてくれたヤツ。
切れとズレが適当にできるモデル。私はコレで2級を取りました。
今は弟のもとへ無期限レンタル中。
サロモン スノーブレード1stシーズン型 90cm 色……青+白 お遊び機……。スケート感覚でゲレンデを疾走できる。雪面に手をついてターンも可、
くるくる回っちゃうよ。
一時期は今後の人生すべてコレでやっていこうかと思ったこともあったが、
ファンスキーって飛べないとあまり奥が深くないんだよね。
特に三十路過ぎたpom1はもはやエア台で飛ぶことも無いだろうし。
たまーにスキーに飽きるとコレで遊ぶ。
ビンディング アトミックのなんとか 無論プレート装着。
ブーツ ダハシュタイン 色……灰色+赤 金具がゴテッと付いていてなかなかカッコいい。
ストック シナノのMOONとかいう古いヤツ 色……白
これだけは学生時代から10年以上、そのまま使っている。
ゴーグル ボレーのジノ
ダブルレンズです。くもらないので使えるです。
ウェア ジャケットA オンヨネ エアーラッシュ 色……橙 ジャケットB オンヨネ スノーブレード仕様 色……赤
下エレッセ 色……灰色 ジャケットはリフト券フォルダ付き。軽いのに、防寒、通気性にすぐれ、
よく撥水する優れモノたちだ。
橙色は他に誰も着ないだろうとして選んだんだけど、現場にはけっこういますね……。
2005、2006シーズンは専ら赤で活動中。
グローブ サロモンのスノーブレード仕様 色……青
インナーとアウターからなる二重構造で暖かい。インナーだけ外して洗うこともできる。
ICチップ型リフト券を入れられるのでリフトゲート通過時に重宝する。
このグローブ、なぜか指が3本になっている。
そしてよーく見るとモヒカン小林さん(SKINOWでおなじみ!)のサインが入っている。
ボロボロになってきたので買い換えたいところだが、同じモノはもう絶版になったようだ。
3セットぐらい買いだめしておけばよかった。
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