究極の奇橋 光橋! 大特集後編

”新”光橋にあった橋名標識
 
「如何でしたか?
なぜ光橋はこんな形状になったのでしょうか?
取り壊される(あくまで著者の推測)前に、私自身も現地に行ってみたい。
皆さんもどうですか?」
 
という結びで終わった前特集ですが、
先日(2001/9/23)、遂に(終に?)私自身が長野県豊科町の「光橋」に行き、
この目で、この足で、光橋を体験、取材して参りました。
 
「……(中略)……せめて撤去前に現地に行って詳しい取材をしたいものだ。是が非でも」
とも、コメントに著したのですが、それを実現させることが出来ました。
私自身の悲願達成の先にあった光橋の運命とは?
とにかく見てやって下さい。
 
 
以下よりご覧下さい。
 

 
HIKARI002.JPGHIKARI003.JPG
まずは、長野道豊科ICで下りて
新光橋を渡り、犀川右岸へアプローチ。
水田地帯から堤防道路に上がると、あったあった、光橋。
橋のところまで車を走らせた。
 
 
HIKARI005.JPG - 12,519BYTES
光橋の規制標識。
許容載荷重1.2t、有効幅員1.4mとは。
じゃあ普通車は1台ずつしか渡れないのか。
普通車どころか、軽しか渡れないぞ。
何と ひ弱な橋なのだ!
 
 
HIKARI006.JPG - 15,493BYTES
右に"旧"光橋、
左に"新"光橋……。
 
   
HIKARI007.JPG - 17,358BYTESHIKARI008.JPG - 16,573BYTESHIKARI010.JPG - 21,024BYTES
光橋の近景。「見どころ」となる「四色部」を左右から。
 
《おさらい》
 Aパーツ(骨太な水色)
 Bパーツ(虚弱な水色)
       Cパーツ(よろよろ茶色。外灯つき)
 Dパーツ(虚弱な水色)
 
 
HIKARI009.JPG - 16,897BYTES
よし、橋の向こうに渡ってみよう!
そして四色部を間近で見てみよう。
 
 
HIKARI011.JPG - 15,907BYTES
しかし……。様子がおかしい。
光橋へは右折禁止???
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
!!!!!
 
なんと!なんと!!なんと!!!
 
HIKARI013.JPG - 19,579BYTESHIKARI012.JPG - 19,330BYTES
悲しいことに
旧光橋は取壊しを待つだけの状態となっていたのだ。。。
前回の特集で述べていた予言が的中してしまった。
上流側に新しいもの(新光橋)が架けられてしまった今、
古いもの(旧光橋)は消えてゆくのが橋の運命なのだ。
 
そして、入口はバリケードで封鎖されていた。
対岸には渡れないのか………?
 
 
HIKARI014.JPG - 20,617BYTES
しかし、バリケードの先の存置状況は良好のようだ。
まだ橋が残っている。
これならもしかして………。
 
………………
 
 
 
HIKARI015.JPG - 13,435BYTES
バリケードを乗り越え、橋面上に”侵入”
遠くに見えるアルプスの稜線が美しい。
 
 
HIKARI017.JPG - 15,138BYTES
幅員はホントに狭い。
軽トラックじゃなきゃマジで渡れない。
光橋を普通車で渡ること。それは、あなたの愛車に2本ないし無数の光のラインを
マーキングすることになることを表すかもしれない。
 
ガードレールも低くて不安感がある。
 
 
HIKARI016.JPG - 12,492BYTES
橋中央位置より上流側の新光橋を望む。
旧とは比べ物にならないくらいガッチリしている。
 
 
HIKARI018.JPG - 17,675BYTESHIKARI019.JPG - 18,233BYTESHIKARI020.JPG - 17,959BYTES
念願の四色部にアタック。
左上写真(Cパーツ)→上写真(Bパーツ)→右上写真(Aパーツ)と進む。
同じ目線でもこれだけの違い。
……何でBパーツだけ手すりがボロイのだろう。
 
 
HIKARI021.JPG - 9,933BYTES
アクセントとなっていたBパーツの外灯。
もう点かなくなってしまったけど、
太陽が眩しかった。
 
 
HIKARI022.JPG - 16,929BYTES
左岸側に到達。
旧光橋の左岸側入口の様子。
やはりこちら側もバリケード。
舗装板も剥がされていて前特集とはエライ(遠州弁:ひどい)
変わり様だった。
 
 
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橋の下へ。河川敷から河原へ移動。
 
 
HIKARI025.JPG - 20,035BYTES
新旧光橋の対比。
旧光橋の橋脚の貧弱ぶりがよく分かる。
よく今まで落橋しなかったものだ。
………ん? 落橋したからこんな姿なんだよな。
 
 
HIKARI026.JPG - 17,399BYTESHIKARI027.JPG - 16,229BYTES
みお筋(川の直接の流路)であるがゆえ、Cパーツの橋脚には
補強のための鉄板が巻いてある。錆錆錆。
 
 
HIKARI028.JPG - 19,588BYTES
この前の台風15号で流されてきたのか、
多量の流木がひっかかっている。
 
 
HIKARI0281.JPG - 14,489BYTES
Bパーツを見上げる。
 
 
HIKARI029.JPG - 17,576BYTESHIKARI030.JPG - 14,407BYTES
(左上写真)床版が傾斜しているのか、
橋脚が傾斜しているのか、よく分からなくなる。
 
(右上写真)そして、Bパーツは木製だ。
丸太と横木とH鋼で形成されている素朴な構造。
木と鋼の合成桁……。
こんな複合構造よく実現できたものだ。
 
 
HIKARI031.JPG - 22,798BYTESHIKARI032.JPG - 19,696BYTES
新旧光橋の対比を2枚。
モダンな新光橋とのコントラストをお楽しみあれ。
 
 
HIKARI0321.JPG - 15,626BYTES
左岸方向を望む。
右手で奥にのびている砂利道はかつて光橋に続いていた道の痕。
向かって左に見えるのが新光橋の堤防接続部。犀川の堤防はあの位置。つまり、
旧光橋は堤防で囲まれた河川敷内にあったのだ。
河川敷内にある橋。これは珍しいケースに属するのである。
 
 
HIKARI033.JPG - 24,160BYTES
左岸側のバリケードより再び橋上へ。
嫌いな蜘蛛が巣を造っていて苦戦。
 
 
HIKARI034.JPG - 17,276BYTESHIKARI035.JPG - 14,825BYTES
AパーツからBパーツへと。
前方に見えるあの山を飛び越してしまいそうなくらいの
傾斜だ。
 
 
HIKARI036.JPG - 22,033BYTES
無事右岸に"帰還"
 
取材終了。
 
私がこの橋を渡った最後の一般人(変人?)
となったのは間違いない。
 
スキーシーズンまでこの橋は残っているだろうか。
間違いなく、今冬でこの橋は姿を消すだろう。。。
 
天下の大河、信濃川に元なる犀川にあり、
1つの橋梁にして
長さの割りに異常に狭い幅員、異常な傾斜、
2タイプの高欄(ガードレール)形式、
3タイプの橋脚形式、
4タイプの桁形式、を持つ
奇橋中の奇橋、究極の奇橋、光橋。
最後に完全な姿を見ることができて本当に良かった……。
 
 
旧光橋右岸にあった橋名板
名称:光橋(旧光橋)
竣工年:1972年3月
建造施主:豊科町
製作:川崎電機工業株式会社
適用基準:鋼示(1964)TL−9
材質:SM50YA,B
   SS41
……撤去年度:2001年度
HIKARI038.JPG - 11,790BYTES
 
取材を終えて遠くを望むと
白馬山系が見守っていた。
 
旧光橋、いや、
光橋よ、永遠なれ!!!
 
 
究極の奇橋 光橋! 大特集
 
 
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