POM特集 松尾鉱山跡を望む POM遺産 第00004号(廃墟部門)

〜〜〜最盛期の人口1万人……今は荒涼とした廃墟群が残るのみの”雲上の失楽園”〜〜〜

 
 
東北道松尾八幡平ICから八幡平アスピーテラインへ……。
 
 
岩手県の八幡平アスピーテラインを秋田県側へとひた走る。
高原地帯であるが、なぜかスノーシェルターが多い。
 
雪のない遠州人にとってスノーシェルターの風景は、
まるで未来都市のような異空間。
それを抜けると、
その先にもまた異空間が広がっているのである。
 
道路左側にある地吹雪防止柵からも冬の雪の凄まじさが想像できる。
 
スノーシェルターを抜けて車を停めた。
先ほどのシェルターが見える。
 
2003年4月30日。
もう5月というのに雪が残る荒涼とした風景。
この辺り、とても風が強く、寒い。
 
先の画像の反対側(秋田県側)。なんと、
またもやシェルターが口を開けて待っている。
さっきといい、これといい、シェルターだらけ。
これらのシェルター、まるで何かを隠したい意図があるために
設置されているような気がしてならない。
 
 
そう、道行くものから見えないよう、あるものを隠すため……。
 
 
 
 
そのあるものとは……。
 
 
 
この画像の位置から視線を左へ移していくと見える……。
 
 
 
 
 
 
………………
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
標高900〜1000mの高原に立ち並ぶ廃墟群。
向かって左は学校跡、そして11棟の高層アパート群。
 
 
向かって左側にあるのが見ての通り、学校跡。
松尾鉱山閉山後、松尾鉱山中学校も廃校となったが、
生活学園というものがしばらく学校らしいものを運営していたようだ。
赤が比較的鮮明に残っていることから、
アパート群が廃墟になってからしばらく、管理されていたものであろう。
 
この高層アパートは鉱山労働者の住宅として昭和26年(1951)に竣工。
当時としては超画期的であった、全室水洗トイレ完備、
全室スチーム暖房完備であった。
全11棟はいろは順に「い」〜「る」まで区別して呼ばれていたらしい。
(実際にこの中を探検した方のHPには廊下の上に「い」とか書かれた画像もあります)
 
ちなみに冷房は完備していない。高原地帯だから当然であろう。
 
廃墟を望む冬枯れの木。春はまだか。
 
「高層アパート群」から離れて独立している廃アパート。
 
寂れっぷりがなんともいえないが、右の別棟は、浴場棟とのこと。
 
…… ん!?       人がいる。
 
クルマを停めてカメラを構えてる? ”同業者”か?
 
少し車を走らせて秋田県側へ。
さっきの場所から数キロ山を上ったところ。
山肌の一部が禿げて地山が露出している。
地熱のためか……?
火山活動が活発な証拠なのだろう。
 
 
 
 
 
 
 
 
高台から望む、廃アパート群全景。
 
 
 
これだけ廃墟が規則正しく集積しているなんて圧巻だ!かつては相当繁栄していたのだろう。
 
 
 
 
その後も坑道から毒性の強い鉱水が流出し、下流域を汚染するため、
鉱水処理施設が常時稼動し続けている。
年間何億という金がこの一帯に注ぎ込まれ続け、マイナスの遺産としての面も残している。
 
 
 

 
如何でしたか?
”雲上の失楽園” ”廃墟マニアの聖地” 松尾鉱山跡。
雄大な高原に今も残るその姿はむしろ、
洗練された廃墟美をかもし出しているように感じております。
 
 
松尾鉱山及びこの廃墟群について知っていること、
感想、要望等ございましたら当HPのBBSまで。


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