Collection.2 ザ☆橋番付    

我が国は川や谷の多い国土。橋もたくさんあります。
いつも見慣れた橋。でも、よく探してみると、
ちょっと懐かしさを感じる古いもの、世界遺産級(POM1號自称)のもの、
「何じゃこりゃ?」ってな一風変わった橋もあります。
そんな橋達を特集して番付にしちゃうことを目的としたコンテンツです。
 
さあ以下より御覧下さい。
 
 
〜〜〜橋番付〜〜〜
 東(名橋部門)
     横綱 馬渡橋(静岡県浜松市出身:都田川部屋)
     横綱 馬渡橋(静岡県浜松市出身:都田川部屋)
     横綱 旧立場川鉄橋(長野県諏訪郡富士見町出身:立場川部屋)
 
   西(奇橋部門)
     横綱 光橋(長野県南安曇郡豊科町出身:梓川部屋)
     大関 上村橋(静岡県磐田市出身:敷地川部屋)
     関脇 和口橋(静岡県磐田市出身:太田川部屋)
     関脇 稗原橋(静岡県磐田市出身:太田川部屋)
     小結 秋葉橋(静岡県天竜市出身:天竜川部屋)
     前頭 吉岡橋(静岡県掛川市出身:原野谷川部屋)
  NEW!! 十両 無名橋(静岡県菊川町出身:西方川部屋)
     幕下 普通の橋?
 
明神橋【長野県下伊那郡根羽村出身 矢作川部屋】
〜上路式コンクリートアーチ橋〜
1954年(昭和29年)建造。
根羽村の集落から県道を売木方面へ。
矢作川(小戸名川)を渡ると左手に旧道の橋を発見。
突然の発見だったがその姿は優美で輝くが如く際立っていた。
「こんな山奥にアーチ橋?」
近づいてみると周辺の自然に見事なまでに溶け込んでいた。
特筆すべきはアーチ部から樹木が生えているところ。
これはもはや老朽化というより自然化といったほうがいいかも。

天竜橋【長野県飯田市出身 天竜川部屋】
〜中路式ブレースドリブタイドアーチ橋〜
1935年(昭和10年)建造。
はるさとさん、稲生さんのHPで画像を見て以来一度実物を拝んでみたいと思っていた。
こういう豪快な姿に何かピーンとくるものがあった。
飯田市時又の天竜川、船下りで有名な時又港近く。
近日の雨で増水し轟々と音を発して流れる天竜川に架かる。
暗赤色と渓谷の緑。
その姿は優美という形容詞が合うかも。
橋を渡り見上げると天井のトラスが何だか恐竜とか巨大生物の骨格みたいだ。
ところでブレースドリブタイドアーチってどういう意味なんだろう。
2本のアーチ状主鋼材の間をあやとり式に斜めの部材が補強した構造ということでいいのかな?

大明神橋【長野県上伊那郡高遠町出身 山室川部屋】
〜上路式コンクリートアーチ橋〜
1954年(昭和29年)建造。
これも旧道橋か。高遠湖と美和ダムの間にひっそりとあった。
美和ダムを見ながら現道を走れば見落としてしまう。
こちらも根羽の明神橋と同年代の同形式、名前までそっくり。
橋のたもとには「高遠町」の古い標識が残る。
山室川の水面からはかなり高く、高所恐怖症は注意。
辺りはアカシアの花が咲き誇り、
その甘い香りとも相まって、まさに"薫る橋"だった。

旧立場川鉄橋【長野県諏訪郡富士見町出身 立場川部屋】
〜今年で齢100歳。土木遺産に登録すべき"地図にない名橋"〜
平行弦ピントラス形式(バルチモアトラス)
ピントラスとは、
トラス部材の結節部を大きな1本のピンで固定したトラスで、
古い橋にしか見られない形式らしい。
(昭和戦後以降のトラスは大体、結節部が数十本からなるリベット固定が多い)
1904年(明治37年)建造。
中央東線旧線にあり、現在国土地理院発行の地図にはその取合部にあたる築堤こそ描かれているものの、
橋本体は記載されていない。
鉄道橋としての機能は1980年(昭和55年)、
併行する新橋に移っており、
今はただそこに立ち尽くすのみ。
何も知らずここに来ればその不気味とも幽玄ともいえる姿に圧倒されるだろう。
架線の無い架線柱が、なんともいえない。
アメリカンブリッジ社製(ちなみに現JR東海道線天竜川橋梁もここが製作)。
日本にまだ長大橋梁を建造する技術が無かった頃、
他国の技術力を借りたことを物語る貴重な土木遺産だ。
このまま廃墟として朽ち果てさせずに何とか保存活用できないものか。

なんとか橋【長野県茅野市出身 柳川部屋】
旧道橋。
それにしても朽ち果てぶりが素晴らしい。
親柱のデザインもなかなかだが、果たして
ここまでボロボロになれるものか。耐荷重2.0tだし。
あまりの朽ち果てぶりに親柱の橋銘板すら失われていた。
恐らくは近くにある現道橋と同じ名前だろう。
高欄を構成するコンクリートが完全に剥げ落ち、
鉄筋しか残っていない箇所まである。
この辺りは冬季の冷え込みがきつく、降雪もあるから、
コンクリートにしみ込んだ水分が凍結溶解を繰り返すごとに
コンクリートを蝕んでいるのだろう。
近辺には現道橋の他、
上空を見上げれば、自分が今いる崖下の集落を一気に渡る長大橋梁が見える。
時代の変遷と技術革新は凄まじい。

大鹿村のなんとか橋【長野県下伊那郡大鹿村出身 鹿塩川部屋】
この橋も親柱が朽ち果てて橋銘板が失われていた。
隣に現道橋があるからこの橋の名前と同じであると思われる。
昭和36年に発生した俗にいう「三六災害」で、
甲信地方は甚大な被害を受けたが、
この近辺も鹿塩川と塩川が氾濫し大量の土砂に埋まったらしい。
この橋はその頃からあったのだろうか。
今はそんな災害が嘘のように静かなところ。
ウロウロしていたら近所の犬に吼えられた。
そりゃこんな山里に浜松ナンバー車と、
カメラを構えた不審な男1人、怪しいわな。
 
 

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