(無題)




 はじめにそれに気付いたのは川名みさき。
 目の見えない彼女が、いや、だからこそ他の部分がわずかに秀でていたとするならば。
「それ」に彼女がはじめに気付くは必然だったのだろう。



「歌……」
 ぽつりと、みさきは呟いた。
 それからくるりと向きを変え、およそ道とは言えない場所を歩き始めた。
「歌?」雪見がたずねて耳を澄ます。
 聞こえる。かすかながらもはっきりとした声。心に働きかけるような歌声が。
 それから雪見のみならず、弥生 梓も放心した表情でみさきの後に続いていった。

 こういうのを、甘美な歌声とかって、いうの、かし、ら……

 何も考えられない。頭の中にあるのは、その歌声をもっと近くで聞きたいと言う事だけ。
 そう、もっと。もっと近くで……
 潮のにおいが近くなる。海が近づいているのかしら? それとも、もう海に出たのかしら……
 ああ、それとも……



 足元にひんやりとした感触が伝わって、座敷童は目を覚ました。
 みさきを叩きつかれて眠ってしまっていた彼女は今、自分がどんな状況にあるのか理解できていない。
 ふるふると頭を振って周りを見渡してみる。自分は誰かに背負われているようだ。
 目の前の長くて黒い髪から漂う、かすかな花の香りが彼女の花をくすぐった。
この人はわたしの家を壊しちゃった人?
この人はどうしてわたしをおぶっているの?

この人の背中におぶさっているわたしの足に、どうして水の感触がするの?



 ぽか。
 ぽかっ。ぽかぽかっ!
「うう〜 いたい〜よ〜 雪ちゃん やめて〜 ……えっ? あれっ?」
 頭をぽかぽかと殴るような人間は、雪ちゃん意外に私は知らないのだけれど。
 ぽかっ ぽかっ!
「いたいよ〜 わかったからやめてぇ〜〜」
 ようやく頭の痛みが止んだ。それと同時に、私は腰まで水に使っていることに気がついた。
 やだ……沼にでもはまっちゃったのかな……

違う。このにおいは海?



「川名さん!」
  相当耳に近いところから声を出された。私は思わずよろめいてしまう。
  正気に戻りましたか?と弥生さんは聞いてくる。私がはい、と答えると 安心しましたと言い、言葉を続けた。
「どうやら私達はあそこにいた人魚によってこの海岸に呼び寄せられてしまったようです」
「人魚……?」
「そうです。とりあえず岸にあがりましょうか」

「ええ。先ほどまであそこの岩で歌を歌っていました。その歌によって私達は、平たく言えば
 催眠術にかかっているような状態だったらしいのです」
 みさきには見えなかったが弥生が指し示す先には…と言ってもかなり沖のほうに…その岩が海面から突き出ていた。
「その歌のせいで、私達はここへ?」
「ここどころか、あの岩のほうまで近づいていたようです…私も川名さんも、その子に
叩かれて正気を取り戻さない事には、今ごろ……」
「そうですか…ありがとう。」
 言って、私のおぶっているその子の頭(多分)をなでてやる。

 そして、私は一番聞きたかったことをたずねてみる。
「それで、雪ちゃんと梓さんはどこに?」
 私には、その質問で弥生さんは顔を曇らせるのがわかってしまった。
「梓さんは……私が気がついたときにはもう姿が見えませんでした。深見さんは…」
「雪ちゃんは?」
「深山さんは……」
 そこまで言って弥生さんは私の手を取ると、その手を何かに触れさせた。
 人の体。ずぶぬれでとても冷たい。

まさか、これが?



「……私が我に返った時には、もう……」
「嘘 嘘よ……雪ちゃん……雪ちゃん……どうして、どうして雪ちゃんが……! う うわああああん……!」
 みさきは、既に命を失った親友の躯にすがり付き、声をはり上げて泣いた。
 傍らでは座敷童が、どうすることもできずにそれを見守っている。
 弥生もまた、みさきに何か声をかけるのはためらわれたようだった。

 一筋の雨のしずくが、座敷童のほほをぬらした。



【深山雪見 死亡】
【梓、人魚は行方不明】






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