真理
「え?」
間の抜けたような声を思わず漏らす。
ここは地上からは2,3mは離れた木の上なのだ,なのに何故? そんな疑問が頭をよぎり
緒方理奈は形のいい眉をかすかにひそめてその相手を見つめた。
「そうか。いらないか、邪魔したな」
彼女が迷っている間に、赤い髪の少女エビルはそう勝手に結論付けてその場を去ろうとした。
「あ、ちょ、ちょっと待って!」
思わず、呼びとめた。頭の中は混乱のきわみだったが、だからといって目の前のチャンスを逃すほど、彼女はおろかではなかったから。
「助けてちょうだい、お願いだから!」
「そうか。では、この契約書にサインをもらおうか」
「契約書…?」
「そうだ。私は死神だからな、きちんと契約をむすんで…」
しかし、エビルが全ての言葉を言い終えるよりも早く、力ある言葉が木々を抜け響き渡った。
「我が力を無敵のものとなさしめたまえ。
我が力を永遠のものとなさしめたまえ。
アドナイ、御身、とこしえに褒め称えられ、
栄光に満ちるものの御力によりて。
アーメン!」
男、城戸芳晴の放った力によって、巨大なゴーレムがよろめいた。そのままニ歩三歩と後退し、しりもちをつく。
「江美さん、何やってるんですか!」
「芳晴か、私はいま彼女と契約の話を…」
「江美さん今は非常時です、そういうのは後にしないと」
不承不承エビルは従い死神の鎌を構えてゴーレムに向き直った。
冷徹な、何をも見透かすような視線でゴーレムを観察する。
そして、彼女の視線はある一点、ゴーレムの頭部に刻まれたヘブライ語の、EMETの刻印を見逃しはしなかった。
「所詮は急ごしらえの石人形か、弱点が丸見えだな」
そう言うと大鎌に魔力を込めて大きく振りかぶり、EMETのE、左端の刻印めがけて振り下ろした。
その一撃は、エビルの狙い通りにEの文字を削り取り、EMET”真理”からMET、即ち”死”を意味する刻印へと変えた。
次の瞬間、その存在意義を失ったゴーレムは、魔力を失いただの石の塊となっていた。
運命の天秤
―数分後―
「ありがとう、助かったわ」
どうにかピンチを乗り越え、樹上より助け出された理奈は、いつもの完璧な笑み、とは言いがたい
恐怖の名残からかやや引きつったような笑みを浮かべてそういった。
「いえ、どういたしまして…緒方理奈さん、ですよね」
「あ、あなた私の事知ってるんだ」
恐る恐る切り出す芳晴に、少し安心したような表情で答える理奈。
「え、ええ、俺、バイト先CDショップなんで」
「そう、なるほどね」
「芳晴」
話しが盛り上がりかけたところでエビルが芳晴に声をかけ、打ち解けかけた空気が再び固まった。
「あ、ええと、彼女は江美さんって言って俺のバイト先の知り合いで…」
それでも場の空気を和んだものにすべく口を開く芳晴。
「死神をしている」
その努力を台無しにされる。理奈も、先程目の当たりにした不可思議な現象、力を恐れるというよりは
彼女の携える大鎌、一振りで自分の命を奪える武器に、精神的な圧迫感より現実的な恐怖を感じるからか、
先程からエビルとは全く視線を合わせようとしていない。
参ったな、そんな言葉を心の中で呟きつつ自分たちの事、たとえば自分が代々続くエクソシストの家系である事や
ルミラ救出という目的を彼女に説明し理解してもらったのは、それからしばらくの後のことだった。
「話は分かったけど、それであなたたちはこれからどうするの?」
言外に、自分がこのまま置き去りにされるかもしれないという不安もこめて理奈が言った。
今回は生き残れたものの、何の力も持たない彼女が1人でこの島を無事に脱出できるとは思えなかったから。
協議の結果、結局だれか信頼できる人間なり、無事な場所なりにたどり着くまでは一緒に行動するということに落ち着いた。
ルミラ救出は確かに、とくにエビルにとって最優先の事項であったが、ユンナがそれこそ今すぐにルミラを殺すという可能性は
――少なくともその気があるなら、もう既に殺されている筈である――事から除外されるだろうというのが芳晴の論理だった。
「優しいのだな、芳晴は」
多少ながら謝礼を払うという理奈の言葉も決め手にはなったのだろう。
皮肉ではない、心底からのエビルの言葉が締めくくりとなり、三人はとりあえず、エビルが上空から見つけた一番近い建物へ向けて歩き出した。
前の話を読む リストに戻る 次の話を読む
|
|||
|
|