遭遇



 壁に激突したジープは、黒煙を上げて燃え盛っている。
 林に飛び込んだ坂神蝉丸は、炎を横目に見ながら、腕に抱いた少女に声をかけた。
「怪我は無いか」
「…は、はい」
 少女はどこか呆然とした様子で答える。蝉丸も、少女の身体に外傷が無いことを見て確認した。
 今度は背後を向いて、声を上げる。
「岩切っ!」
 しかし返事が無い。もう一度、同じ様に呼んでみたが、それでも答えは返ってこなかった。
 蝉丸はひとまず少女を離すと、ジープから離れるように言った。炎と煙を避ける為だ。
 さらにその場にいるように指示すると、自分はジープを挟んだ反対側、岩切達が飛び出した叢に向かった。そこで見回してみるが、彼女達の姿は発見出来ない。
 やがてふと思い立った蝉丸は、草に覆われた急坂の下を除き込んだ。
「む」
 目を懲らすと、その下に人間らしき影が見えた。雨合羽を被ったそれは、間違い無く岩切花枝である。
「岩切、無事かっ!!」
 呼びかけても、岩切は反応を見せない。気絶しているのだ、と蝉丸は予想した。強化兵ならば、
まさかこの程度の坂を転げ落ちて死ぬとは思えない。
 起こしに行くしかないようだ。蝉丸は、言われた通りに動かずに立っている少女の元へ戻った。
「後部座席の二人が急坂の下に落ちた。今から助けに行く」
「…はい」
 少女はやはり呆然としている。脳が現状を把握していないのだろうか。
「あの超先生とやらの言葉を信じるなら、一人でいるのは危険だ。君もついて来るんだ」
「はい」
 少女はおとなしく頷くと、蝉丸に着いて歩き出した。
「…言い遅れたが、俺の名は坂神蝉丸という」
「私は美坂栞です」
「美坂」
「…栞でかまいませんよ、坂神さん」
「ならば俺も蝉丸で構わない。 栞、俺から離…」
 突如、蝉丸が言葉と歩みを止めた。栞も慌てて止まる。
「さ… せ、蝉丸さん、どうしたんですか?」
 栞が恐る恐る訊ねるが、蝉丸は答えない。
 彼の表情が一変していた。厳しい顔つきで振り向き、虚空を睨みつけている。
「…栞、俺から離れるな」
 そう言うと、栞の手を引っ張って、自分の後ろに移動させた。
 栞は何が起こったのか解からず、蝉丸の視線を追った。そして直後に、その眼を大きく見開く。

 林を掻き分けて、異形の生物が出現した。
 背丈は蝉丸の倍近くあり、人間と同じ様な手足は、恐ろしく太い筋肉で包まれている。ほとんど裸に近く、腰に巻いた布が男の性器を隠すだけだった。
 その胴体の上にある頭は、人間のそれではなく、牛の頭。

「〜〜〜〜〜〜〜っ」
 牛人間が、まさに猛牛の如き唸り声をあげた。
 その異様な光景に栞は声を失い、その場に立ち竦む。彼女を庇って立つ蝉丸は、自分達に向けられる殺気をちりちりと感じていた。



【ミノタウロス  巨大な人間の身体にウシの頭を持つ怪物。 ヒトを好んで食べる】
【ジープ衝突直後の出来事。 まだ雨は降っていない】




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