天使たちの憂鬱


 午前4時――
 草木も眠る丑三つ時はとっくに過ぎているものの、周囲には物音は皆無といっていいほどしていない。
 建物の明かりもほとんどが消えていて、街を出歩いている人の姿はない。

 東京都国分寺市内のとある通りも、他の場所と同様すっかり静まり返っていた。
 人も車の姿もない……と思いきや、数人の集団が道の真中でたむろしている。
 それも、巷の若者みたいに単に集まっているのではなく、各人が何かを探しているような素振りを見せながらであった。
 皆、黒い上下のスーツを着ているとあって、傍から見ればいかにも怪しいと思わせてしまうことは請け合いである。
 それだけだったらまだ真っ当な方なのかもしれない。

 ――彼らがもしも人間だったらば――

 結論から言うと彼らは人間という種族ではない。
 外見こそ人間と同じではあるが、背中から生えた白い大きな羽がその事実を物語っている。
 そしてその羽は時折、闇夜の中で不気味に青白く輝いている。

 彼らはいわゆる『天使』という種族である。
 そして、皆が『上の世界』の『安全保障理事会』という組織に所属する者ばかりだ。

「――確かに奴はここに降り立ったのだな?」
 集団の中でリーダー各の男性が呟く。持ち前の鋭い眼光を部下の天使の顔にゆっくりと向けていく。
「間違いないです。地上勤務の者からの情報どおりです。
 奴につけた発信装置の波動もくっきりと残っています」
 発信装置というのは『上の世界』の囚人にはめる手錠に埋め込まれた装置を指す。
 万が一囚人が逃げ出してしまったときに作動し、特殊な波動を囚人の逃げた経路に残していく。
 蟻が通り道に目印のフェロモンを残していくようなものと原理は同じだ。
 その波動は1年ほど時間が経過しない限り消滅することはないので、追っ手としてはその痕跡を辿るだけで囚人の逃げた先が割り出せるのである。
 (天使以外にはその波動は感じ取れないことを付け加えておく)
 今回の場合もまた、目印の波動がくっきりと残っていた。空から地上に向かって下っていき、あとは道なりにその波動が延々と続いている。
「とにかくこいつを辿っていくとするが……用心しろよ。
 何せ、相手は気が狂った戦闘マニアときているからな」
「口すっぱく言われなくても解かっていますよ。だから、周囲の人間を巻き込まないように真夜中に探索しているわけでしょう?」
「ふん」
 部下の言葉が皮肉に聞こえたのか、リーダー格の天使は不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 波動はしばらく道なりに続いていたが、やがてふと途切れてしまった。
 そこは丁度、道が中央線の踏切に差し掛かったところだった。
 昼間は閉まりっぱなしのこの踏切の遮断機も上がったままになっている。
 始発まではまだ時間があり、電車が来る気配もまったくない。

「ここで波動は途切れているとはどういうことだ」
「恐らく装置が壊れたのではないかと……」
「冗談を言うな。そんなわけないだろう」
 リーダー格の天使が部下の言葉を否定する。
「あの装置を自分で壊すのは不可能だ。無理矢理外そうとすれば、強力な電流が全身に流れて、黒焦げになる。
最悪の場合は命に関わるし、そうでなくとも体力はいっきに消耗する」
「あとは装置の故障でしょうか……でもそれもないですし……あっ!!」
 部下の天使は突然立ち止まり、今しがた思い出した事実をリーダー格の天使に伝える。
「何だと……奴がここに降り立ったのと同じ頃にこの踏切で人身事故があっただと?」
「ええ。なんでも踏み切りを通ろうとした特急電車に人が飛び込んだというのですが……」
「それをなぜ早く言わなかった!! まったく……」
 リーダー格の天使は頭に血が上ったのか、部下を罵倒する。
 その時、踏切の隅に金属でできた物体が落ちていた。もともとリング状のものだったが、
原形をとどめないほど歪み、そして数個に引きちぎられている。
「これは!?」
「おそらく手錠……奴め、これを引きちぎるために電車に飛び込んだのでしょう。自分の命も顧みずにこんな恐ろしいことを考え付くなんて……」
「それが奴――ウィルという男なんだよ」
 リーダー格の天使も部下も追っかけている相手に対して恐怖を感じながら、目の前の線路に散らばっている壊れた手錠を見つめていた。

「こら、そこで何をしている!!」
 突如、彼らの背後から怒鳴り声が聞こえた。
 振り向くと、そこには2人の人間の警官が立っていた。持っている懐中電灯を構わず天使たちに向ける。
「こんな真夜中に踏切の中で何をしているんだ。ちょっと職務質問するからな」
 彼らが怪しまれるのは当然だった。
 普通の人間から見れば、大きな羽の飾りをつけた集団が深夜の踏み切りの中でたむろしている――どうみても常識ある人間の行動とは思えない。
怪しく感じるのも至極当然である。
「まずい。ここは引き上げるぞ」
 ただでさえ、自分たちの存在を人間に知れてはまずいと思っている上に、今回の任務は上の世界の中でさえ極秘とされている事だった。
地上で事が明るみになってしまっては、今後の任務の遂行はおろか地上に大きな混乱をもたらすことは明白だ。
 リーダー格の天使は急いで引き上げるように指示をだす。それと同時に天使たちは二手に分かれた。
すぐに目の前の警官の記憶から今回の遭遇に関する部分を抹消しようとする者と、すぐにもこの場から飛び立とうとする者にである。

 だが――後者の者たちは失念していた。
 ここが、踏切の中だという事を。

 ――ドドドーン!!
 突然、周囲に何かが爆発したような轟音が響きわたり、その直後に――。

「ぎゃぁぁぁぁぁ!!」
 とてつもなく甲高い絶叫がこだました。
 見るとそれに逃げ出そうとした2人の天使のうち1人が、頭上の架線に2枚の羽を引っ掛けてしまっていた。
 足はもう1人の天使の肩に掛かっており、そのもう一人の足は地面についたまま動いていなかった。
 架線の高圧電流が2人の体を一瞬で流れてしまう形になってしまったのであった。
 相手の羽が架線に引っかかってしまったので慌てて地面に足をついたまま助け出そうとしたのが災難のもとだったのだ。
「大変だ!!」
 それをみた他の天使が架線から天使の体を引き離そうとした。
 だが、被害を食らった天使の体にはいまだに電流が流れていたので危なかった。結局、何を考えたのか、架線を持っていた短剣でスパッと切断した。
 途端、電流は途切れ、その隙に動かなくなった2人の天使の体を残りの者が抱きかかえながら、空へと飛び立っていった。

 切断されてだらしなく地面に垂れ下がっている架線の前には、目の前で起こった事が受け入れられずに、
上司に何と報告していいのか分からず、ただ呆然としている2人の警官だけがその場に残されていた。



【ウィル どうやら天界から逃亡した模様。追っ手の推測から、手錠を壊すために電車に飛び込んだと見られているが真偽は不明】
【上の世界からの追っ手は一旦、ウィルの捜索を打ち切ったと見られる】




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