(無題)
雨は変わらず降りしきっている。
岩切は林の中を、何処か雨をしのげる場所を探して歩いていた。樹の下などでは心許無い、それで
は背負っている少女が体調を崩してしまうかも知れない。もっと確実な、できれば何か建物の方が良
かった。
だが、そういう建物は一向に見つからない。
「…どうする」
人前ではそう見せない困り顔になって、溜め息を一つついた。
それでも足を止める訳にはいかないので、そのまま歩き続けた。
勿論、背後の気配に気を配ることも忘れてはいない。
先刻から自分達を尾行し続けている"何者か"は、繁みの中をこそこそと移動しているようだった。
時には岩切の隣りまで来て、草が揺れるのが見えるのだが、決して姿を現すことがなかった。
何者だろう、という疑問は、既に頭の中から消している。
その気配が人間のものでないこと、動物のそれでもないことは分かっていた。今まで感じたことの
無い異質の気配といえば、恐らくこの施設に飼われている怪物だろう。
そうなれば、神話や伝承に詳しくない岩切には、何者であるかなど判断できる筈が無い。
ただ、何者であろうと、こちらを襲ってくる可能性があるので、決して注意を逸らすことはしなかった。
或いは、岩切の方から気配に接近して、その正体を確かめるという選択肢もあった。
だがそれは危険な行為である。 今のところ、相手からは敵意や殺気といった、そういう感覚は感じ
られない。 ならばこちらから下手に刺激して、交戦状態に入ることも無いというわけだ。
岩切一人ならばそれでもいいのだが、幼い少女を連れていては。
「おっ」
岩切が声をあげる。
30メートルほど先、木々が開けた場所に、何かの建造物が見えた。
一階建ての小さな建物である。 それはいわゆる休憩所というやつで、自販機やベンチが設置され
ている他、当然ながらトイレもある。
岩切はそこまで知っている訳ではないが、少女を休ませるのに好都合だと思い、建物に向かうこと
にした。
その前にもう一度足を止めて、傍らの繁みに目を向けた。
じっと、その中に潜んでいる相手を凝視する。
(…貴様はどうする?)
そしてまた前を向くと、足早に進み始めた。
【初音、未だ目を覚まさず】
【「追跡者は人間ではない」「今のところ敵意は無い」と岩切は感じている】
【休憩所まで約30メートル】
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