いまだ竜の巣


目の前を、ゆっくりと横切る恐竜。
それは、太古の昔に絶滅したはずの、ステゴサウルスだった。
背中に張り出した、いく本もの板をゆっくりとうねらせ、それは道を歩いていく。
「……さて、どうしたもんかな」
恐竜公園を前に、さすがの耕一も二の足を踏んでいた。
巨大な羊歯の陰に潜みながら、そっと拓けた丘を見渡す。
ステゴサウルスなどの草食恐竜なら、まだいい。
動きは鈍いし、踏み潰されないように気を付ければ、それほど危険はない。
問題は、肉食恐竜だった。
それも、大型よりもむしろ、ディノニクスのような中型で、群れで狩をする恐竜が、一番厄介だった。
耕一とて、ジュラシックパークぐらい、見た事がある。
あれでも、知性の高いディノニクスに、主人公たちは苦しめられていた…はずだ。

空が曇ってきていた。
泉のそばで、マイアサウラが一声いななきを上げる。
「……雨が来る……これは、チャンスかな」
恐竜は、変温動物……つまり、爬虫類のように、気温が下がると動けないような動物ではない。
哺乳類と同じ、恒温動物である、らしい。
大学生の耕一は、大した知識を持っているわけではないが、一般常識程度の知識はある。
だがそんな恐竜でも、さすがに雨の中をうろついたりはしないだろう。
次第に、視界の中の恐竜が、一頭、また一頭と、森の中に姿を消していく。
同時に耕一の頬に、ぽつぽつ、と雨粒が降り注ぎ始める。
「……よし、今だっ」
雨の中、鬼の力を全開にし、耕一は羊歯の陰から、凄まじいスピードで飛び出した。

草原を駆け抜け、大地に深い足跡を残しながら、耕一は疾走する。
一分一秒でも早く、初音や楓を助けなければいけない。
蒸気のように荒い息を吐き出し、耕一は滝のような雨の中を走っていた。
だがその時、何かが視界を横切る。
「!?」
馬、とその姿を認識した時には、耕一は激しく突き飛ばされていた。
走っていた速度そのままに、地面に叩きつけられながら、耕一は素早く受身を取る。
ずざああぁ、と数メートルを滑ったところで、耕一は立ち上がった。
あたりに気配はない。滝のような雨が視界を遮っているとはいえ、鬼の感覚で探れないのは、
耕一にとっても意外だった。
再び、雨のヴェールの中に、黒い影が浮かぶ。
一抱えもありそうな、巨大な蹄での踏みつけを、耕一は間一髪、横に跳んでかわした。
「……やっぱり馬か…だが、どう考えても、まともな馬じゃねぇな」
2メートルを軽く超える巨体が、再び雨の中に消える。
耕一はひとりごちながら、全身に力を込める。
瞳が紅く染まり、足元の地面が、その体重に耐え切れず、ゆっくりと沈んでいく。

三度、馬が迫った。
「でりゃあぁぁぁぁぁぁっ!!!」
真正面からの蹴りを飛び越え、耕一はその巨大な馬の背中にしがみ付いていた。
すかさず、足で馬の首を挟み込む。いわゆる、カニバサミ式首締めである。
例えモンスターでも、なるべくなら命を奪うことはしたくなかった。
だが。
「嘘だろ……!?」
馬の首が、180度回転し、耕一の太ももに喰らい付いていた。

噛まれた太ももから血が流れ、激痛に耕一は顔を歪める。
「ぐぅっ……こいつっ!」
その時、耕一の鋭敏な聴覚は、この雨の中、小さな機械音を捕らえていた。
モーターが振動し、ポンプが軋む音。それは、この馬の中からだった。
「くそ……いちかばちか……せいっ!!」
耕一は自らの腕を高く振り上げ、力の限り、馬の腹に叩き付けた。
覚悟していた、肉と血のぐにゅりとした感覚ではなく、硬い鉄とコードを突き破る感触が伝わってくる。
「偽物か……そうとわかれば、遠慮しねぇぜ!」
馬の腹に突き刺していた腕を滅茶苦茶にかき回し、コードを引き摺り出す。
振動していたモーターを破壊すると、馬はようやく動きを止め、地面に倒れこんだ。

「……おかしい。他の動物は、確かに生身だった…なんでこいつだけ、機械人形なんだ……?」
太ももから流れる血を止め、耕一は目を細める。破壊された馬は、ぴくりとも動かない。
『……ザザ……君が…ザ………柏木耕一か』
いきなり聞こえてきた声にも、耕一は動じなかった。
この馬が機械だとわかってから、薄々予想していたことだったからだ。
「あんたが、超先生か。この馬は、門番だったんだな」
聞き返しながら、耕一は少女のようなその声に、内心驚いていた。
『ああ…君たち柏木一族は、実に面白い能力を持っているようだ。だが、それは私の思い描いていた
リアルリアリティの追求には、少しばかり邪魔なのだよ』
倒れた馬の目が、無機質な輝きで耕一を見つめている。
『見たまえ、あれが君の目指している、第一コントロールベースだ』
少女の声に、顔を上げると、雨の中、ぼんやりと浮かび上がる巨大な岩山が見えた。
鋭敏な耕一の視覚が、その岩山の一角に、入り口が開いたことを確認する。
『君を招待しよう。どうぞ入ってきてくれたまえ……だが、命の保証はできないがね』
耕一の足が、馬の頭を踏み潰した。
「……いいだろう、お前のゲームに乗ってやる……そして必ず、後悔させてやるからな」



【耕一、第一コントロールベースへ侵入】




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