一難去って


ジープは、快調に草原を走っていた。
所々にモンスターの影が見えるが、さすがにこのスピードで走るジープを、襲おうと思う奴はいないらしい。
「……えっと、この辺りなんだけど……」
身を乗り出して、周囲を見回していた志保が、何かを見つけて叫んだ。
「あ、あれ、あそこの木の所よ」
志保が指差す先には、なるほど、大木にぶつかって大破しているジープと、焦げた痕が残っていた。
「だが……誰もいねぇぞ」
御堂の言う通り、その場には誰もいなかった。
雅史は、坂下も知っていたが、それ以外の面々は誰とも面識がないため、探すにしても方法がない。
音を立てて、ジープがぶつかった木の横に車を止め、御堂は下に降りた。
助手席に乗っていた志保も、身軽にジープから飛び降りる。
「ま、普通に考えたら、この状況で、壊れたジープの側に、いつまでもいる理由は無いわな」
「足跡とか、何か痕跡でもあれば、どこに行ったかわかるんでしょうけどね」
傷は治りかけているものの、まだ本調子ではない千鶴をジープに残し、坂下と智子も下に降りる。
「皆さん、気を付けてくださいね…」
不安そうな千鶴とは対照的に、御堂は壊れたジープに何の気無しに近づく。
「おい智子、このジープはまだレーダーに反応してるか?」
「うん?……いや、あかんみたいや。もう壊れてるんやろ」
潰れた運転席に頭を突っ込んだり、後部座席を覗きこんだりと、いやに熱心な御堂に、志保が物珍しそうに近づく。
「ねぇねぇ、何やってんのよ?」
「……ガソリンはもう燃えちまってるみたいだが、他に俺達で使えそうなモンが無いか、見てるんだよ」
そうは言ったものの、派手に爆発したらしく、ほとんどのものは黒く煤け、役に立ちそうもない。
「ちっ、骨折り損か……」
そう言って肩を竦めた御堂の視界に、何か白いものが見えた。

「……おいこれ…」
「なんやなんや…?」
御堂が拾い上げたものを見て、全員が目を丸くする。
『おこめ券……?』
「なんでそないなもんが、ここにあるんやろな……」
智子の言葉が、全員の心情を語っていた。
「とにかく、彼らが移動したって言うなら、いつまでもここにいたってしょうがないわよ」
坂下がそう言ってジープに戻り、智子、御堂と続く。
「志保、おめぇも早く来い……どうした?」
志保の様子がまたおかしいのを見て、御堂が顔をしかめる。
「……ううん、平気よ。ちょっと耳鳴りがしただけ」
志保は頭を振って、さっさとジープに乗り込んだ。
釈然としないものを感じながら、御堂はそれ以上追求せず、運転席に戻る。
「それじゃあ、行くか」
「ちょっと……待って下さい」
千鶴に止められ、御堂が怪訝そうな顔になった。
「何か……物凄い音が聞こえます………まるで、動物の大群が押し寄せてくるような」
耳を澄まし、目を地平線の方に向ける千鶴。
初めは、何の変化も無かった。
だが………
「なんや、あれは」
口の中が、カラカラに乾いているのを感じながら、智子は囁いた。
地平線に広がる、茶色い土煙。そして、それを生み出している、無数の黒い点。
出し抜けに、いきなり御堂がジープを発進させた。
急発進に、振り落とされそうになりながら、志保が叫ぶ。
「……な、なんだって……なんだってあんなにモンスターが、こっちに走ってきてるのよ!!」

「そんな事、あいつらに訊きやがれ!!」
舗装されていない道を、今まで以上のスピードを出して走っているため、
激しく上下に揺さぶられながら、御堂が吐き捨てる。
志保が何かを言いかけて、とたんにがくん、と車が揺れた。志保が悲しげな顔で、口を押さえる。
「ひた噛んだ……うぐっ」
今はまだ、早めに逃げ出したから、追い着かれていないが、このまま永久に逃げ続けるわけにもいかない。
何より、逃げる手段の無い人が、あの大群に巻き込まれれば、間違いなく命を落とす。
「どうするっ、何か手は無いのかよっ!?」
「手と言われても……それにしても、どうしていきなり、あんなに大勢が追い駆けて来るのでしょう」
千鶴の疑問も、もっともだった。
「……奴の差し金だと思うか?」
「間違ひ無いわにぇ」
御堂の問いに、すぐさま志保が応える。舌を噛んでいるせいで、少し変なしゃべりだったが。
「奴って……超先生、とかいう奴かいな!?」
「どうも千鶴さん、あにゃたの見せた『力』が気にひらなかったみたいね」
志保は後ろを鋭く見据えながら、独り言のように言葉を紡ぐ。
「強すぎる力は、バランスを崩しかねない。大量のモンスターを当てなければ、真のリアルリアリティをリアルに表現できないだろう。彼らの感じている感情は、仮初めでしかなくなってしまう」
「な、長岡さん、あんた日本語おかしいで……」
「しぃっ、智子さん、静かに……」
「…俺が見たいのは、そんな仮初めのものではない。真のリアル、本当のリアル、現実的なリアルだ。
バランスを保つ為に、武器の使用も許可した。見せてみろ、お前達のリア」
いきなり飛び散った鮮血が、ジープのフロントガラスに、べったりと貼りついた。
「っな………!?」
首筋から背中にかけて、ざっくりと切り裂かれた志保は、声も上げずに、崩れ落ちた。
「長岡さんっ!?」

「空から、だとぉ!!!」
御堂の絶叫と同時に、鷹の頭と、羽を持ったライオンが、ジープに跳び込んで来た。
いきなりの襲撃に、ジープは横転し、中に乗っていた全員が、地面に投げ出された。
御堂、坂下、千鶴は、なんとか受身を取って起き上がるが、一般人でしかない智子は、まともに
地面に叩き付けられ、くぐもった悲鳴を上げた。
「保科さんっ!!」
「くそっ、たれがっ!」
ジープから落ちた拍子に、遠くに跳んで行ってしまったライフルに、御堂は舌打ちする。
グリフォンが狙いを定めたのは、近くに落ちた智子だった。
御堂はすかさず、こうなってしまってから、肌身離さず持っていたナンブを取り出し、グリフォンの頭に狙いを付ける。
乾いた破裂音と共に、グリフォンの頭が吹き飛んだ。
だが、人工的に作られた生命は、驚くほどのタフさで、苦痛に身を捩る。
「くっ、何てことなの……!」
濁った呻き声を上げ、頭を半分失ったグリフォンは、智子の側で、激しく暴れ回る。
そのせいで、千鶴も御堂も、彼女を助けに行けないでいた。
「御堂さん…!」
「すまん……弾がもうねぇんだよ」
苛立たしげに首を振る御堂に、坂下が詰め寄った。
「あなた、一瞬でもあいつの気を引ける?」
「あ……ああ、石でも投げつけりゃあ……どうする気だ!?」
坂下は決意を込めて、走り出した。
「坂下さんっ!!」
「ちぃ、馬鹿野郎がっ」
御堂は怒声と共に足元の石を拾い上げ、タイミングを計って、グリフォンの残っていた頭に投げ付けた。

坂下が、地面に倒れこんでいる智子の元に滑り込んだ。
「さ、坂下さん…」
「ほら、肩に掴まって!」
智子に肩を貸し、坂下が身体を起こす。
だが、今まで苦痛に暴れていたグリフォンが、片方だけ残った眼球に、二人の姿を捉えた。
反射的に、二人に爪を振り下ろそうとするが、そこに御堂の投げた、拳大の石が命中する。
グリフォンが甲高い悲鳴をあげ、大地に転がった。
血と脳漿を撒き散らし、転げまわる獣に、御堂の背筋に冷たいものが走った。
「こいつら……こんな姿になっても、生きてやがるのか……」
キマイラの時も、そうだった。あの獣も、身体中腐りながら、まだ生かされていた。

その凄まじい生命力に、御堂は、自分の姿を重ねていた。
生命樹によって、不死身の強化兵を生み出す研究。確かに自分は、脅威的な力と生命力を得た。
(だが…こいつを見て見ろよ、御堂。脳みそ撒き散らしながら、まだ死ねねぇ……
これが、俺の姿じゃねぇのか……こんな醜く、浅ましく生にすがりつくのが、俺達の……)

「御堂さん!!」
御堂の思考は、千鶴の叫びによって、中断された。
見ると、千鶴が、ぐったりとした志保の身体を引きずっている。
「まだ、息はあります……でも、速く手当てをしないと!」
とっさに、御堂はグリフォンを挟んで、向こう側にいる智子と坂下の方を見た。
智子と坂下。千鶴と志保。悩んだのは、一瞬だった。
「保科! 坂下! ホテルで落ち合うんだ! いいな、奴らの狙いは千鶴だ、お前らは逃げろ!」
千鶴が狙われている、というのは、半分勘だった。
だが何故か、御堂はそれが正しいと信じて疑わなかった。
まるで、『誰か』なら、間違いなくそうすると、確信しているかのように。
御堂はぐったりしている志保を抱き上げ、千鶴と共に、ジープを捨て、モンスターの大群から逃げ始めた。
「運が良ければ、また会えるさ………だろ、蝉丸」




【志保、首筋から背中にかけて、大きく負傷。意識不明の重態】
【乗っていたジープは、転倒。壊れてはないが、放置されている】

【食料・武器の入ったリュックは、ジープの中に置いてきてしまった】
【運が良ければ、一つくらいリュックを、持ち出せているかもしれない】
【レーダーを持っているのは、智子だけ】

【千鶴、御堂、志保(昏睡)は、森の方へ】
【智子、坂下は、千鶴達とは別の方向へ脱出】




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