(無題)
〜本州某所〜
モンスターパークで惨劇の幕が上がってから、既に一時間が経過している。
犬飼俊伐と周りのスタッフ達は、無線を通して聞こえる悲鳴の様な声を聞いていた。
『連中に島の全機能を抑えられました! 怪物達が檻を出て歩き回っています!』
その声は、まだ30にもならないだろう、若い男のものだった。
『竹林が呼んだ民間人が襲われて… う、うわっ!』
突如、ガラスの割れるような音が聞こえた。
続いて、怒号と悲鳴、銃声らしき音。
「おい、どうした! 何があった!」
通信係の中尾佳祐が呼びかけるが、返事が無い。 様々な音だけは変わらず聞こえている。
「誰か答えろ! 高橋、陣内!」
中尾は二人の同僚の名を呼んだが、やはり返事は返ってこなかった。
程無く、銃声も悲鳴も消えて。
新たに、何かの生物の鳴き声と、肉を貪る音が聞こえた。
「…………」
中尾は発する言葉を失った。 他のスタッフ達も目を見開いたまま、呆然として動かなくなった。
皆、無線の向こうで何があったのか、想像したくもない事を脳裏に描いている。
ただ犬飼だけが、サングラスの奥の目を細め、別の思案にくれていた。
(…まさか、こんな事態になるとはな… 竹林め…)
モンスターパークで暴走した竹林──周囲の者は超先生と呼んでいる──は、仙命樹研究に途中
参加したスタッフだった。
彼はその時から、リアルリアリティーなどと意味不明なことを口走り、素行のおかしなところが
よく目立った。
犬飼もその事には顔をしかめていたが、竹林は研究員としては出色、悪い噂も多々聞くものの、
実力を持った男だった。 だからの"使える研究員"として、細かい事は放置しておいたのだ。
どれほど名が知れていようと、大した男ではないと思っていた。 今日もその名を聞くまで忘れ
ていたような奴だ。
それがまさか、島を空けた隙に、こんな大それたことをするとは。
「まだ防壁は破れないか」
犬飼は、コンピューターに向かっているスタッフの一人、生波夢に声をかけた。
「駄目です。 竹林の野郎、パスワードを全く別のものに変えてやがる」
島との連絡が途絶えてから、生波夢は向こう側のコンピューターへの侵入を試みている。
島にある最新の仙命樹研究データを手に入れるためだ。 有事が起こった以上、何らかの要因で
データが失われてしまう可能性がある。 そうなる前に確保しなければならなかった。
「くっ… 今までなら簡単に入れたものを…」
生波夢が苛立だしげに呟く。 スタッフの中でも一部の者のみが知る、極秘事項を閲覧するための
パスワードも、今や何の役にも立たなくなっていた。
悪戦苦闘を続ける生波夢。 不意に、コンピュータに反応があった。
「通ったか!」
生波夢の声に、犬飼がモニターを覗き込む。
しかしそこに映ったのは研究データではなく、嘲笑する竹林の顔だった。
呆気に取られる一同。 彼等をよそに、竹林の声が流れる。
『残念ながら、研究データはハッキングでは手に入らないよ。 我々がプログラムした防壁は完璧だ、
何者も破ることは出来ない』
「あの野郎っ!!」
生波夢が大声をあげてデスクを叩いた。
『データが欲しければ、人の手で直接取りに来ることだ。 君達も"リアルリアリティー"に参加して
みたまえ。 良い経験になると思うぞ?』
画面上の竹林はそこまで言うと、後は同じ内容を繰り返し話し続けた。
その中で真っ先に動いたのは、やはり犬飼である。
「下川!」
雑務を任せている下川直哉に声をかけた。
「武装した兵士を三十名用意しろ。 それと輸送ヘリもだ」
「所長…」
命じられた下川は、まだ呆然としている。
「奴の言う通り、行くしかない。 あのデータは今後の研究に必要なものだ、失う訳にはいかん」
犬飼はそれだけを言うと、下川の返事も待たずに部屋を出た。
無機質な廊下を足早に歩く犬飼。
実は彼の頭の中には、研究データよりもさらに気掛かりなことがあった。
(…きよみ… 無事でいろよ…)
【犬飼俊伐、本州で行動開始】
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