ロンド



冬弥・理奈とはぐれた由綺は、当てもなく辺りを彷徨っていた。
今日は仕事が忙しい中、弥生に無理を言って取って貰った休暇だった。
久しぶりに冬弥とゆっくりできるはずが、一転して混乱の極みだ。
先程まで、由綺の目を楽しませてくれていたモンスター達も、
今では恐怖の対象でしかない。冬弥は今どうしているだろうか。いや、考えるまでもない。
自分を探してくれているはずだ。だが、理奈の事に考えが及ぶと、由綺はいつも落ち着かなくなる。
理奈は、由綺とは違い、勝気な娘だ。しかし、それでいて思慮深く、心優しい面も持っているのを由綺は知っている。
おまけにトップアイドルだ。正直、同姓の目から見ても素敵だと思う。
そして、理奈が冬弥に好意を持っていることも、由綺は知ってしまっている。こんなことは知りたくなかった。
知らなかったのなら、このように落ち着かなくなる事も無く、無心に冬弥を信じていられたのに。
もし、もしも、冬弥が理奈を選んだなら、自分はどうするだろうか。あまりの悲しみで、狂ってしまうだろうか。
でも、最後は、最後には、笑って別れたい。冬弥に余計なしこりは残したくない。
どんな事があろうと、私には、「冬弥君を嫌いになる」なんて、できないだろうから。
冬弥を信じきれていない自分自身に、嫌悪感を抱きながら歩いていると、一つの建物が目に入った。

「わあ・・・」
思わず声をあげてしまう。その建物は、無意味に装飾が多く、ごちゃごちゃとして、とても機能的とは言えない。
が、誰もが少女時代に、一度で良いからこんな家に住んでみたい、と思い浮かべる理想の家だった。
少し怖ろしくもあったが、いったいどんな人が住んでいるのだろう、という好奇心、
助けてくれる人がいるかもしれない、という希望、これらの感情が、結局、由綺に呼び鈴を押させた。
「はーーい」
透き通ったソプラノの声が近づき、ドアが開いた。
フランス人形が人間になったら、目の前の少女になるのではと、由綺は思わず考える。
金髪碧眼の少女は、微笑んで言う。
「わあ、綺麗なおねえちゃんだあ。ねえねえ、わたしと一緒にあそぼ」
この子も参加者の一人だろうか、だとしたら、一人では危険だ。
「ねえ、あなたは一人なの? お母さんは? どうしてこんな所にいるの?」
「わたし、迷子になっちゃって、一人で寂しかったんだあ。ねえねえ、あそぼおよー」
一刻も早く冬弥に会いたい所だったが、常に緊張しながら歩いていたために、由綺は心身共に疲れていた。
それに、ここで待っていれば誰か他の参加者や、この子の母親が訪ねてくるかもしれない。
「そうね、分かったわ。うん、お姉ちゃんと遊ぼう。何して遊ぶ?」
「わーーい。じゃあね、じゃあね、家の中に入って。何して遊ぼうかなー。」
無邪気な、笑顔だった。



「わあ、綺麗なおねえちゃん達だ。ねえねえ、わたしと一緒にあそぼ」
フランス人形のような少女が微笑む。なんて可愛いんだろう。
マナは、瑠璃子、楓と共に、当ても無く歩き続けていた。そんな折、少々周りから浮いた建物を見つけ、
誰かに会えるかも、と期待しつつ、呼び鈴を押した。そこで出てきたのがこの少女だった。
どうするべきか迷ったが、相談の末、結局この家で休ませてもらうことに決めた。
その際、楓の様子が少しおかしかったような気もしたが、まあ疲れているのだろうと、あまり気にとめなかった。
「おねえちゃんたち、何して遊ぶー?わたしはね、お人形さん遊びがしたいなー。駄目?」
人形遊びか。懐かしい。私も小さい頃はよくやったものだ。最も、今でも背丈は十二分に「小さい」のだが。
「うん、それでいいよ。でも人形はどうするの?」
「奥の部屋にあるのー。わたし、取って来るね」
ぱたぱたと少女が駆けてゆく。微笑ましい光景だ。私も昔はあのような感じだったのだろうか。
少し感慨に浸っていると、楓が話しかけてきた。やはり、様子が少しおかしい。
「マナさん、話しておきたい事があるんですが・・・」
一体なんだろう。
その時、突然辺り一面が真っ黒になった。
何!? 停電? この部屋、採光用の窓無かったっけ?
突然の暗闇に、目が慣れず、何も見えない。私がパニックに陥っていると、
「マナさん、危ない!」
という切羽詰った声が聞こえると同時に、私は突き飛ばされた。

楓は咄嗟にマナを突き飛ばす。――と、先程までマナが居た空間を、何かが通り過ぎる。
危ない所だった。どうやら嫌な予感が当たってしまったようだ。
「クスクス。おねえちゃん、避けちゃだめだよー。お人形さん遊びできないよー。」
「ク ン、 ヤ、ク、ン」
少女が変わらぬ調子で言う。
「・・・ク、ン、・・・オ、ヤ、ク、ン」
少女とは別に、何か、無機質な声が、僅かに聞こえる。何だ? その時、辺りに光が戻る。闇に慣れてきた所だったので、
少し眩しい。私達の目の前には、微笑む少女と、ナイフを持った女性が、立っていた。
「お姉ちゃん? おねえちゃんなの?」
えっっ。私は思わずマナを振り返る。
「お姉ちゃん?私だよ。従姉妹のマナだよ。判らないの?」
「ト、・・・ク、ン、ト、オ、ヤ、ク、ン、ト、オ、ヤ、・・・」
目の前の女性は、マナの言葉には反応せず、人間味の失われた声で、ひたすらそう呟く。
「駄目だよお。これはわたしのお人形さんなんだからあ。あと一つ欲しかったんだけど、もういいや。さあ、遊ぼうよ」
とても嬉しそうに言う。その少女の10本の指は、異常に伸びており、爪先が見えない、いや、爪先は、女性の
身体に埋まっているのか。肉と肉が繋がっている。女性の、肌が露出している部分が、時おり、
内部から何か突起物が飛び出るかのように、蠢き、膨張する。ああ、この人は、多分もう・・・。
「この女性は、マナさんの、知っている方なのですね」
「そうよ。よく、知っているわよ。とても優しくて、素敵な彼氏がいて・・・」
絞り出すように、マナは答える。なんて、酷い。
「もう、おねえちゃん達、早く遊ぼうよー。わたし待ちきれないよー」
少女がそう言った途端に、女性が、弾かれたように瑠璃子さんの方へと飛び出した。



どうして効かないのだろう。人間とは精神構造が違いすぎるのか、もとより壊れているのか。
瑠璃子は、光が戻った直後、少女が女性を操っていると直感し、少女に電波を飛ばしていた。
が、常人ではとっくに死んでいるであろう量の電波を飛ばしても、少女に変化は見られなかった。
そして、少女が何か言った瞬間、女性がナイフを突き出しながら、「飛んで」きた。
咄嗟に床に転がって避ける。しかし、避けるのに成功したはずの瑠璃子の頬に血が滲む。
風圧で? 人間離れしている。見ると、家の壁にナイフが突き刺さり、それを抜いているところだった。
自身が壊れぬよう、人間が無意識にかけているリミッターが外されているのだろう。
毒電波でも同じ事はできるが、この女性は肉体を、無理矢理外部からの力で動かされている。
おそらく、この女性はもう、長くは保たないだろう。
視界の隅で、楓が動く。少女本体を叩くつもりだ。楓の動きもかなり人間離れしている。
それをみるや、少女は女性を引き戻し、自らの盾にする。
瞬間、アイディアが閃いた。残酷だ。だが、そんなことを考えている余裕などない。
楓はすんでのところで方向転換し、女性を避ける。
そして私は、電波を集め、集中。操られている女性に向けて、放出する。チリチリチリ。
ナイフを少女の頭に突き刺すイメージ。やがて私の電波に従い、女性がナイフを少女に突き刺す。
人間離れしたその力で、少女の頭は突き刺され、まるでスイカのように、ぱかり、と割れた。

「おねえちゃんっっ!!」
私は泣き叫びながら、血まみれの従姉妹に駆け寄る。
「お姉ちゃん、おねえちゃん、おねえちゃん! 返事してよ。ねえっっ」
化物はやっつけた。だからお姉ちゃんは、もう元に戻るはずだ。でも、お姉ちゃんの身体の中では、
未だに化物の触手がビクビク動いている。だから、私は急いで取り出す。
「お姉ちゃん・・・」
触手を取り出した後の、お姉ちゃんの身体には、何かを突き刺してできたような穴が、たくさん空いていた。
「マナさん・・・。内臓も、おそらくボロボロでしょう。この人は、もう・・・」
「嫌! 絶対いやっっ。お姉ちゃんが何をしたって言うのよ!こんな優しい人がなんで死ななきゃならないのよ!
 お姉ちゃんは、誰にでも本当に優しいんだ。何も悪いことなんかしてない! なのに、どうして・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「えっっ」
今、お姉ちゃんが何か言ったの?
「お姉ちゃん、どうしたの? 何が、言いたい、の?」
最後に、なんて絶対に言わない。
私はお姉ちゃんの口元に、耳を寄せる。
「ト、・・・ヤ、ク、・・・キ」
「えっっ!」
「冬弥、くん、好、き」
それっきり、お姉ちゃんが目を覚ますことは、無かった。
私は、藤井さんと一緒に居る時のお姉ちゃんが、本当に幸せそうに笑っていた事を思い出し、たまらなくなった。



【人形使いの少女 撃破】
【月島瑠璃子 頬に切り傷(軽症)】
【森川由綺 死亡】




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