賛辞



揺れるジープの中。
運転席には、張り詰めた表情でハンドルを握る晴子。
後部座席には、鉛のように重いまぶたを何とかこじ開けている矢島と、それを泣きそうな目で見つめる観鈴。
「兄ちゃん、生きとるか」
晴子が矢島に声をかけた。
「ええ、何とか。」
このやり取りも、何度繰り返されているのかどうかわからない。
矢島も本当はひとつ言葉を吐くたびに命がごっそり抜け落ちてしまいそうな苦しみを味わうのだが、
今はむしろ、その苦しみこそが生きている証だと思えていた。
これを感じなくなったら、多分、俺は死ぬ。
何が、彼をそこまでして生へと追いたてるのか。
単なる死に対する恐怖なのか、それとも何か使命感にも似た感情だったのか、それは矢島にしかわからない。
無論、矢島本人ですらそれはわからなかったのだが。
「もう少しや。もう少しで地図の赤十字マークのところに着くからな。間違いなく医務室やろ。」
言って、晴子はまたアクセルを少し踏み込んだ。幾分、エンジンの唸り声が高くなった。

瞬間、エンジンが止まり、ほど無くしてジープは停車した。

「ガス欠かいや!このクソ忙しいときに!」
定石通り、晴子はハンドルをバシン、と叩いた。一瞬だけクラクションが鳴ったが、それは晴子の意に介すことではない。
「もう、あとちょっとなんや。しゃあない観鈴!医務室に行って誰かと一緒に担架か何か持ってきてくれや」
「うん、わかった!ここをまっすぐだね!」
「せや。ほな頼んだで!」
晴子の言葉を背に受けて、観鈴はぱたぱたと走り出した。
車内に、ひとときの静寂が降りた。

「感謝してるんで、兄ちゃんには。」
いまだハンドルは握ったまま、振り向きもせずに晴子は語る。
「こんな通り掛かりのけったいなウチの娘の為に命張ってくれるやなんてな。
本当なら観鈴のお守りを頼んだ居候の仕事のはずやったんや。居候、何処へ姿くらましよったんかいな。」
そこまで聞くと、矢島はやおら起きあがった。腹の傷に響いたが、なんとなくこちらのほうが心地よかった。
「寝とりや、兄ちゃん。傷に障るで」
「かまいませんよ。こっちのほうが落ちつくんで。」
いたた、などと洩らしながら八島はなんとか背を起こした。
「ほんまに、アンタはどうしようもないあほかも知れへんな。居候でも、そこまでするかわからへんで」
「止してくださいよ。俺にだってそれなりに下心があるかもしれませんよ」
「いや、それでも自分が死んでもうたら元も子もないやんか。あんたはえらいで。観鈴をやってもええかもしれん。」
それから、二人でわはは、と笑った。冗談でしょう晴子さん いやいや案外本気かもしれへんでー んー?

丁度そのころ……
観鈴は、医務室……というよりは簡易な病院と呼べる施設……に到着していた。
はやる気持ちを押さえて、入り口らしき扉の脇のブザーを押す。
「はい」
マイク越しのためか、幾分機械のような音を含んだ声が聞こえる。
「助けてくださいっ!ジープの、私たちの乗ってた中にモンスターにやられて、矢島さんが……!」
ずいぶんと要領を得ない説明だったが、事態の深刻さは伝わったらしい。
すぐに、折りたたみの短歌を携えて二人の女性が扉をあけて出てきた。
「どこですか?」
二人は口を揃えていった。その胸の名札には
「STUFF 里村」
「STUFF S・宮内」
の名前がかかれていた。



【観鈴のたどり着いた医務施設とジープの距離はさほど無いらしい】




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