(無題)
和樹は大きく溜め息をついた。
彼の後ろでは、由宇と詠美が何やら話し込んでいる。
「…そんで、そこからミッキー・ロークとミッキーマウスの戦いの日々が始まったんや」
話題は、つい先刻に詠美が口に出したミッキー・ロークについてである。
ねこなでぱんち以外の知識が無い詠美に、由宇があれこれと解説しているのだが…
「ただ、ミッキーマウスは両刀でなあ… とうとうドナルドに手を出してもうたんや」
その内容は、どう考えても嘘八百である。 ミッキー・ロークを露ほども知らぬ人間であっても、
馬鹿にされているとすぐ分かりそうなものだった。
しかし詠美は、どうやら信じ込んでしまっているようで、由宇の話を真顔で聞いている。
(ヤバい状況だってのに、この緊張感の無さはなんなんだ…)
付き合いきれず、和輝はサーベルを持ったまま、近くの椅子に腰を下ろす。
その隣りには、未だに目を覚まさない瑞希が寝転がっていた。
苦しそうな顔でうなされている。
「…う〜ん… パペット紅茶ぁ…」
気絶直前の出来事を、今もまだ夢に見ているのだろうか。
和輝も改めて思い出す。 客に紅茶を出し、手厚くもてなすように配備されたであろうパペット。
そのパペットが、急に割れたグラスを持って襲いかかって来た。
これもあの、超先生と名乗る者の仕業なのだろうか…
和輝は椅子に大きくもたれかかった。 レトロな雰囲気の木製の椅子は、ギシ、と軽い音を出した。
天井で回る換気扇を見ながら思う。
恐らく今、自分達は、これまでの人生で最大の厄介事に巻き込まれている。
生命の危険さえある事態だろう。 なんとしても生き延びなければならない。
視線を瑞希に向け、次に由宇、詠美を見る。
(…守らないとな…)
男だからとか、そういう話ではない。
大切な人達だから、何としても守りぬかねばならない。
和輝はサーベルの柄を、ぐっと握り締めた。
「びえ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」
突如、屋敷に泣き声らしきものが響き渡った。
「な、なんやぁ!?」
「きゃあ! ちょ〜うるさ〜〜〜い!!」
由宇と詠美が声をあげ、和輝はすぐさま立ち上がった。
また何か来たのか?
サーベルを鞘から抜き、油断無く身構える。 瑞希の側は離れない。
まさに耳をつんざくような声に顔をしかめながら、和輝と由宇は辺りを見回した。 詠美はあたふた
しているだけである。
間も無く和輝の目に、小さな少女が映った。
大声で泣き喚いているのは、間違い無くその少女だった。
しかし…
「な、なんだ?」
その少女は、小さいと言うか、余りに小さすぎた。 背丈が30pほどしかない。
和輝は、この屋敷の周囲が妖精の花畑家であることを思い出した。
「妖精…なのか?」
「なんやなんや、どないしたんや」
由宇もその妖精の姿を見つけて、パタパタと駆けていく。
「ほら、泣くな泣くな。 なにを泣いとんのや、ん?」
あやそうとするが、妖精は一向に泣き止む気配が無い。
「由宇、そいつなんなんだ?」
和輝に呼びかけられ、由宇が振り向く。
「そんな、わからへんわ。 うちも妖精とかにそんな詳しいわけや…って、あれ?」
「ん?」
何時の間にか、泣き声は消えていた。
由宇が目を戻すと、妖精の姿も、跡形も無く消え失せていた。
「…なんだったんだ?」
和輝も由宇も詠美も、ぽかんとしたまま、その場に立ち尽くした。
その頃になって、ようやく瑞希が目を覚ました。
同人作家である彼等が、"バンシー"と呼ばれる妖精のことを知らなかったのは、幸か不幸か。
それは誰にも分からぬことだろう。
【瑞希、目を覚ます】
【由宇のミッキー・ローク説明はひとまず中断】
【バンシー 人の死を告げる妖精。 間も無く死を迎える人の所に現れて、大声で嘆くという】
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