Invisible Attacker



「……こっちです……」
 彩が地図を見ながら小さな声で言った。
「あぅー、まだ着かないの? 真琴、もう疲れた!」
「真琴、もう少しだから頑張ろうよ、ね」
 真琴が何度目かわからない文句を言って、名雪がやさしく諭す。
「良いじゃない。こんな体験なんて滅多に出来ないんだから」
 そして私、天沢郁未は……まあ、有体に言えば今の状況を楽しんでいた。
 新しい友達と、ちょっとした冒険気分でサバイバルしているのだ。面白くないはずがない。
 もちろん、何かとんでもない事件が起ってるのはわかいるのだけれど。


 ところで、今は楽しげに歩いている私達四人だけど、ジープに乗っている時はそりゃもう凄かった。
 私は葉子さんとも由依とも組み合わせが離れてしまってちょっと機嫌が悪かったし。
 真琴はあれで結構人見知りをする方で、彩は社交的な性格とは言えない方だった。
 ……名雪に至っては……寝ていた。まったく、あの時は何しに来たのか小一時間問い詰めたくなったわ。
 そんなわけで、一緒に乗っていて胃が痛くなるぐらいのギスギスした空間が広がっていたのだ。
 ろくに話もせずに、ストーカーっぽいとか、ネボスケとか、クソガキとか……
 そんな風に考えていた事は、今となっては良い思い出だ。

 でも、彩は無口で押しの弱いところはあるけど、結構冷静で頼りになる娘だった。
「あの……この管理室という所に行けば……きっと保護してもらえるんじゃないでしょうか……?」
 ジープが暴走して途方にくれた時も(車自体は私が不可視の力で壊して止めた)、パンフレットにくっ付いていた簡素な地図を皆に見せながら、
 次に何をするか初めに考えたのはこの娘だった。
 名雪も途中で道に迷って挫けそうになった時、「ファイトだよ」とか言って皆を元気付けてくれた。
 ……いや、流石に私もジープが暴走してるのに、まだ寝続けてるの見たときは、ちょっとどうかなと思ったけど。
 真琴は天真爛漫なのか無垢なのかわからないけど、一々色んな事に反応して見せて。妹でも出来たような気分にさせてくれる。
 それに、私の不可視の力も無闇に怖がらないでくれた。
 もっとも、これは他の二人にも言えた事だったけど。



「……囲まれて…ます……」
 とか、回想シーンに入っている間にまたモンスターに遭遇したらしい。
 グルグルグル……
 と、狼らしき鳴き声が聞こえてきた。数は……とにかく多い。
「皆、私から離れないで」
 警戒しながら声をかける私の目の前に現れたのは、三頭の狼……ケルベロスとかいう奴だった。
 見れば、一匹で三匹分の声を出している。考えて見れば、頭が三つあるんだから当たり前か。
「うー、沢山いるんだおー」
 名雪がよくわからない語尾で驚きを表現した。あまり驚いてる様には見えないんだけど。
 実際には20匹前後だろう。声の三分の一しかいない事になるから、おそらくそんな所。
 辺りを見回しながら少し待つ。
 そして、視界にぞろぞろと入ってきた所で、私は不可視の力を発動させる。
 ケルベロス達は音も無く、見えない何かに跳ね飛ばされて動かなくなった。瞬殺だ。
「あ、郁未! 向こうに一匹逃げた!」
 真琴が叫んで、私は木々の間を見る。
 敵わないと判断するぐらいの知能はあるのか、グングンと姿を小さくしていく狼が見えた。
 それにしても、真琴も良くこんなの見つけられるわね。素直に感心するわ。
 そう思いながら、再び不可視の力を解き放った。
 よく見えなかったけど、最後の一匹も倒した。
「やったー、郁未強い!」
 真琴が子供の様にはしゃいでくれるので、まあ、何と言うか気分が良い。
「うー、可哀想だよー」
 しかし、名雪は非難するように言った。多分、私ではなく真琴に言ったんだろうけど。
「あうー、でも敵……」
「……彼らだって……生きています」
 悪戯を咎められた子供の様に呟く真琴に、彩が小さいけどハッキリした声で言った。
 ……私もバツが悪くなってきた。反省しよう。

  私は力に酔ってしまっているのかもしれない。
  ここでは普段の生活と違い不可視の力を思う存分に振るえる。
  罪悪感も感じないで済む相手と、躊躇を感じる必要のない状況がある。


「……はい、多分あと3kmぐらいだと……思います……」
 ふと、ぼーっとした意識を戻して見れば、真琴のこれまた何度目かわからない問いに、彩が律義に答えていた。
 ……あと1時間あるかないかぐらいなんだ。
 不意に、この楽しい時間にも終わりが見えて、まるでお祭りの終わりみたいな寂しい気持ちが湧き上がってきた。
「もうちょっとでお別れなんだ……せっかく仲良くなれたのにね……」
 名雪が残念そうに追い討ちをかけてくる。
 私はこの時はまだ管理室とやらで保護を受けられると思っていたから、皆ともこのまま別れてもう2度と会えないのかな、と思ってしまった。
 私は暗くなる気分を少しでも打ち消そうと、大声で、馬鹿みたいに騒ぎながら歩いた。
 色んな事を話した。名雪が陸上部で部長なんてやってるのも、この時初めて知った。彩が同人誌なんて描いてるのも驚きだった。偏見とかなくして読んでみたいと本当に思った。名雪と真琴に好きな人の事とか振ってみたら、案の定、真っ赤になって慌てて面白かった。

  まだ見通しの悪い森の中にいるのに、騒ぎながら歩いていても、別に危険だとかは思わなかった。
  何が現れようとも、そう例えドラゴンにだって負ける気はしなかった。
  ゴブリンとかオークが100匹、200匹来ようが簡単に撃退できる自信があった。
  だけど、野生生物全体からみれば、今考えたヤツラの様に真っ正直に挑んでくるのは、むしろ少数であるのに。
  ……私はどうしようもないぐらい油断していた。

「郁未っ!」
 隣りを歩いていた真琴が、不意に私の腕を引っ張った。
「ちょっ……」
 祐一って人のことで散々からかったからって、そんなに怒らなくても。 上体が泳ぐ。
 倒れる、と思った瞬間、私は背中に鋭い痛みを感じた。
 殴られたような衝撃を感じながら私は真琴を巻き込んで、予想通り派手に倒れた。
 あれ、でも全然痛くない。
 それより、さっき少し痛かった背中が、たまらなく、熱い。
 それでも半ば本能的に振り向いてみれば、猫を恐ろしく可愛くなくしたような化け物が手を爪を真っ赤に染めて立っていた。熱い。
 保護色みたいな模様がますます可愛くない。
 ああ、あの赤いのは、私の血か。
 頭の上で木の枝が揺れているのが見えた。あそこから飛び降りてきたのか。
 真琴が引っ張ってくれなかったら首が半分取れかけてたんだろうな。熱い。アツイ。その上、心臓の鼓動に併せて、痛い。
 ……駄目だ、思考が、纏まら、ない。
 倒れた私は、取りあえず仕留めたと思った、のか、化け猫は手近にいた名雪に跳びか……。
 ダメ!!
 ほとんど、奇跡的に意識が戻って、不可視の力が出せた。
 初めて見る驚いた顔の名雪の直前で、化け猫は粉々に爆散した。ザマアミロ。
 あ、でも、ゴメン。名雪、血塗れ、猫好きだって、いってたのに。
 ゴメン、わざ、とじゃな……。

 アレ? 暗く、なって……?

「郁未さんっ!?」
 あ、何だ彩、大きな、声、出せ――

 私の意識は闇に閉ざされた。



【天沢郁未……意識不明、背中に裂傷。怪我の重さは不明】
【郁未、名雪、真琴、彩グループ、最近の管理室から約3kmの地点の森林】





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