ゲームバランス
「…ふむ」
女性は通信機のスイッチをオフにした指で、肩にかかった長い髪をかきあげた。
これは彼女が考え事をする際の昔からの癖で、昨日今日身についた仕草ではなかったのだが、普段とは違った違和感にふと思考を中断させられる。
「不思議なものだな。癖というのは文字通り身につくものだと思ってたんだが、どうしてどうして。イレモノが替わっても僕は僕だということか…」
彼女はそう言って唇の端に笑いを滲ませた。
違和感の正体……それは突然長く伸びてしまった髪と、変ってしまった自分の身体。
朝鮮製は顔にかかる髪に思考が中断されるのを嫌い、その長くデザインされた髪をポニーテールの位置に結い上げた。
そして起動時に着用していた白いレオタードの上に、ロッカーから引っ張り出してきた白衣を身にまとう。
基本的に寒暖は彼女の行動を制限しない。
だが、もしセバスチャンなり他の人間なりがここにたどり着くことがあった場合――万に一つもその可能性はないのだが――
こちらの姿がレオタード一枚ではいくらなんでも興が無さ過ぎる。
子供っぽいこだわりだと自分を笑いつつ、彼女はその目を表示されたモニターに向けた。
刻一刻と移り変わる島内の様子を巧妙に隠されたカメラが捉えつづけている。
壁や地面のみならず、化け物に偽装した獣型のアンドロイドにまで埋め込まれたカメラは事の伸展を何一つ見逃さず、すべての情報を朝鮮製に伝えている。
人間の頃には不可能であったろう、その莫大な量の情報処理量は、しかしアンドロイドになった朝鮮製の情報処理能力を上回るものではない。
「…意外に面白味に欠ける展開が続いているな」
その口調にはいらだちも怒りも含まれていない。
それは、この島を支配していると言う精神的優位による物のみならず、彼女の向上した自分自信への能力への自信と、
彼女が人間だった頃の記憶を無機物のイレモノに移植する際に移植し忘れてしまった何かが原因かと思われた。
「…私はこの現実を作った。いわば、この島…この世界の親のようなものだ」
声質だけなら人間を落ち着かせる効果をもっていたのかもしれない、柔らかいソプラノで彼女は呟く。
「いや世界の親というのはおかしいな。いわば神だ。神の望みはかなえられてしかるべきだろう。
私が望んでいたものはサバイバルだ。そこから生まれるリアルリアリティだ」
しかしどうやらゲームバランスが甘すぎたらしい。いや、予想外の因子が多すぎたというべきか。彼女の目が一つのモニターに止まる。
そのモニターには鬼の力を解放する柏木千鶴が映し出されていた。
どういうモノかは知らない。だが、ヒトでないものが混じっているのなら、それにあわせて対処するのが神というものだ。
見たところ戦闘能力はずば抜けて高い種族のようだが、理論的にどう計算してみても人間と形状が変わらない以上、
力に限界があるのが明白だ。力を振るうには、それにあわせた身体は不可欠で、この島の化け物たちは、その点で彼女など比較にならない好条件をそろえている。
「数を当てればすむことだな…」
即座にそう判断して朝鮮製はコンソールのボタンに指を走らせる。
目的をもたずうろついていた化け物の群体をアンドロイド製の化け物で追い立て、人海戦術よろしく舞台に無理やり引っ張りあげた。
体力の消耗が激しく、食料の入手の困難さからエネルギーの回復も難しい相手には消耗戦が一番効果的だ。
確かに強力な化け物をぶつけると言う手段もある。彼女の特殊と言って差し支えない戦闘能力はあくまでも人間を比較対照としての話でしかないのだ。
だが、彼女が見たいのは化け物同士の対決などではなかった。
「…人間を襲う怪物から人間を守ろうとする化け物…か。
テーマとしては面白いかもしれないけど、おかげで色々難しくなってしまったな」
さらにまた別のモニターに目を移しながら朝鮮製が呟く。
顔の長い馬面が二人乗った車があった。
どうやら武器を配って回るつもりらしいが、この広い島で彼らの行動が結果に結びつく可能性がどこまであるのかどうか…。
「ゲームマスターとしては公平を期してあげないといけなさそうだ」
そう、彼女が見たいのは一方的な殺戮でもないのだから。
殺戮と抵抗、友情と裏切り、恐怖と悲憤、そしてそれが見せるリアリティ。
彼女の手が何の淀みも見せずキーボードを操作し始めた。
そして、パスワードの打ち込みが終わり実行を指示するために最後のボタンに彼女の指が触れた瞬間、
島の各所に置かれた管理室にある武器のセキュリティが解除された。
武器がなければ人は死地から逃れようとしかしない。だが、戦う手段があれば人は戦力の差を正確に計算出来なくなる。
負けるかもしれないが勝てるかもしれない。そんな理想と過信は今の膠着した状態を動かすだろう。
主戦派と穏健派の離別すらもリアルに見せてくれるの違いない。
朝鮮製は楽しそうに笑うとその身を深く椅子に沈めた。神の台座というには貧相だが気分は悪くなかった。
「光あれ」
白く光る放射線状に揃えられた光の三原色――朝鮮製の脳裏にひらめくその光がリアルリアリティを求めていた。
【朝鮮製、柏木千鶴陣営に人海戦術を指示】
【島内に点在する各管理室の武器のセキュリティの開放。武器は拳銃等の兵器類で、ガス類の無差別大量殺戮兵器はなし。誰でも持ち出し可能に】
【朝鮮製の姿はロングのポニーテール+白のレオタードの上から白衣。ニーソックス着用(萌え)(藁)】
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