束縛と宿命



「あーーー嫌、もう嫌、あたし帰る!! 家に帰るんだから!!」
志保が絶叫した。
雅史は慣れたもので、平然としていたが、日頃から鍛えられている声は、
普通の人なら目を丸くするほどの声量である。
「す……すごい肺活量だな、長岡くん」
「あたし、実家に帰らせていただきます」
ギャグが飛び出す辺りはアレだが、志保は本気で炎上するジープに背を向ける。
「あの、いいのですか?」
美凪が、縮れ頭の雅史に問い掛けるが、彼は平然とした口調で言い放った。
「まぁ、志保はどうせ居たって居なくたって、たいして変わりないしね。
むしろトラブルほいほいだけあって、居なくなった方が生存率は上がるかもね」
「君は………何と言うか…」
すがすがしい顔で毒舌を吐く雅史に、さすがの聖も絶句する。
「君を、ど悪人一号さんに任命するよぅ」
「ありがとう」
やはりすがすがしい表情で笑うと、雅史は空を見上げて、遠くに思いをはせる。
(浩之……君は今、どこで何をしているんだい?)
せっかく人と合流したというのに、美凪は一抹の不安を隠せなかった。
「……あの、おこめ券」
不安を振り払うように、進呈しようとして、誰も自分を見ていないことに気付く。
「……誰も見てくれないで賞。自分に、おこめ券進呈……」
美凪はそっと、自分の懐におこめ券を差し込んだ。

「ったく、雅史なんかと同じグループだってのにも腹が立つってのに……」
志保は、太ももまである草を払いながら、ずかずかと草原を歩いて行く。
4人で来たのだから、せめて4人でグループを組みたかった。
あるいは、あかりとだけでも同じグループに居たかった。
それで、ひょっとしたら、ひょっとしたら、浩之と二人だけで………
志保は慌てて首を振って、その想像を打ち消した。
「しっかし、何だってこんなに歩きにくいのかしらねぇ」
草原を抜け、うろうろしている内に、森の中に入ってしまっていた。
「…………おーい……」
がさがさ、と聞こえてくるのは、自分が踏み分ける草の音だけ。
急に不安になった志保は、小声で呼びかけてみるが、返って来るのは、鳥の鳴き声ばかりだ。
「ま……まずかったかな」
志保は、自分が生理中だった事を悔やんだ。
ついカッとなって行動してしまったが、このモンスターのうろつく島での単独行動は、非常に危険だ。
「ちょっと、誰かいないの!? ねぇ!」
自然と早くなる足。だが、その時、志保は耳にしてしまった。
獣独特の、神経を逆撫でされるような、荒い息づかいを。

はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ………

歩きが早足になり、ついに志保は駆け出した。
だが、背後から追いかけてくる獣の息は、少しも遠ざかることなく、迫ってくる。
「やだ……やだ…こんなとこで死にたくない、死にたくないっ!!」
志保が絶叫するのと同時に、背後で何かが飛び跳ねる音がした。
振り向いた志保が目にしたもの。
それは、目の前いっぱいに広がる、人間の頭をした、狼だった。

鮮血と脳漿が、森の草を紅く染め上げた。
「危機一髪、でしたね」
へたり込んだ志保の前で、優雅に微笑んでいたのは、美しい鴉の濡れ羽色の髪をした、女性だった。
「あ、あた、あたま……」
はしたなく大股開きして座り込んでいる志保の両足の間に、切断された狼の頭半分が転がっていた。
漏らす、と志保が覚悟した瞬間。
「あぁ、やっぱり長岡さんやったな」
いきなりの関西弁に、志保はおもらしするのを何とか耐える事が出来た。
「あ、あんた……保科さん」
「特徴ある丸頭が見えたもんやから、千鶴さんを連れてきて、正解やったわ」
そう言って、保科智子は肩をすくめ、笑みを浮かべて見せた。
「おいおい、和んでる場合かよ」
もう一人、これは男…というよりおっさんだが、かなりの猫背だ。
その上、どこで見つけたのか、長いライフルなど抱えている。
「こっちの女の人が、柏木千鶴さん。こっちの男の人が、御堂さん。
二人とも、この丸い頭の子が、私の学校の同級生で、長岡志保さんっていうんや」
「丸いは余計よ……」
ぼそっと言う志保だが、千鶴は聞こえているのかいないのか、にこやかに手を差し出す。
「はじめまして、志保ちゃん」
「は、はじめまして」
柔らかな手を握り返しながら、志保はその手が狼の頭を引き裂いたなんて、到底信じられなかった。
志保はすかさず、智子に耳打ちする。
「ちょっと、凄い美人じゃないの!! ひょっとして柏木って、あの柏木グループの!?」
「…ああ、私も信じられへんけどな、間違いなくあの会長や。もの凄く若いやろ」
二人の内緒話を聞きながら、同じく聞こえている千鶴の口元が、緩みきっているのを見て、
御堂は苦笑した。美人、とか若い、とか聞いて、舞い上がっているらしい。
「……どうでもいいけどよ、狼が単独で行動する事は無いって、知ってたか、お嬢ちゃん達よぉ」

御堂の声を聞いていたのか、全く同時に、幾つもの人間の顔が森の中に浮かぶ。
だが、それが人間なわけは無い。
「人面犬ならぬ人面狼ってとこやな」
「ちょ、ちょっとどうするのよ!?」
慌てる志保を無視し、御堂が、戦力となると認めている千鶴に声をかける。
「どうする、柏木さんよ。俺達だけならともかく、お嬢ちゃん達がいるとなると…」
「はい、逃げた方がいいですね。突破しますので、援護をよろしくお願いいたします」
短い付き合いでしかないが、千鶴も御堂も、互いの力量を完璧に把握していた。
その素性に興味はあったが、今は頼もしい戦力に間違いない。
志保と智子に目配せして、千鶴が一気に走り出した。
即座に襲い掛かる狼たち。だが、その全てが、舞を舞うような千鶴の手の動きに、
軽々と両断され、血飛沫を上げて地面に転がる。
「す、凄い……彼女、何者なの?」
絶句する志保の手を引き、智子が千鶴の後を追う。
その二人に襲い掛かろうとする狼は、御堂の正確な射撃で、次々と撃ち落されていく。
「ひゅっ、こいつら、百匹以上いやがるぜ! どうする?」
「どこか、避難できるところがあれば……」
さすがにこれだけの数ともなると、千鶴と御堂の二人だけでは、志保と智子を守りきれない。
「……あそこ、通路がある!!」
智子に手を引かれていた志保が、森の木々の奥を指差した。
「恐らく、ここの管理室の一つだな。よし、行くぜ!!」
腕に喰らいついてくる狼を、銃身で叩き落し、御堂が叫ぶ。
リノリウムの床に、蛍光灯の光。運悪くドアは壊されていたが、隠れられそうな
部屋のドアが、幾つも並んでいた。
「援護します。早く三人とも、中に入って」
襲い掛かってくる狼を薙ぎ払い、千鶴は鋭く3人に言い放った。



【志保、聖メンバーから離脱】
【智子、千鶴、御堂メンバーと志保が合流。四人目の所在は不明(ジープで待ってる可能性も有り)】




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