〜終章〜
夜明けの光と共に、クラースとマリーは目を覚ます。
夢に堪能されていたのか、二人とも瞬きが絶えなかった。
「いよいよだ…、マリーの世界へ移り住める時が待ち遠しい」
「どうか成功できるといいな…。早速出掛ける準備に入ろうか」
「あぁ…」
外は早朝にもかかわらず、爽やかな快晴の眼差しである。
宿を出ると、港の方面へ足を運び出す。
せっせと早歩きするクラースの背中を、マリーは愛らしい表情で見続けている。
目前に港が見えてくると、クラースは早速船の出港時間を確認に入る。
一方マリーは、船で摂る食料の買い出しに向かう。
購入した食料を片手にマリーが店を出ると、クラースが駆け足でやって来て、
30分後にユミル行きの船が出港することを伝えた。
「これで、もう何も心配することないな。クラース…」
「ありがとう、マリー。この世界には住めなくなるけど、
私も今後は貴方と共に新しい幸せを……げふっげふっ!」
「もう、相変わらずだな…」
一瞬二人は、昨夜と同じように声を出して笑い出した。
船が無事に出港し、二人は甲板に腰を下ろしてそよ風を満喫する。
周辺の海には荒波の様子もなく、温かい太陽の日差しを存分に浴びられる。
船を出て二時間後、マリーから食料を差し出され、軽く昼食を摂り始めた。
世界転移は明日になるか…
それにもう、何も慌てることもないことだ。
気を楽にしていくことにしよう。
パンを片手に水平線へ笑みを投げるクラースの横に、マリーが少し近寄り、
未来について語り始める…
「もし、私の世界へ転移したら、先ず最初に何をしたい?」
「そうだな…。少しの間はゆっくりマリーの町で過ごして落ち着きたい…」
クラースもマリーの肩にそっと近付き、さり気に片腕でマリーを包み込む。
まるで、恋人同士の切ない一時のように…
ユミル入り口付近の港に到着したのは、夕暮れ間近の頃だった。
船を降り、平地を点々と歩いた先に、森の入り口が見えた。
通用口に立っていた兵士に通行許可をもらい、エルフの集落へ歩いていく。
「こんなに水に囲まれた森があるとは…、また珍しいものだな…」
マリーは見たことのない森林のあちこちを見まわしながら、驚きの表情で頷いた。
「この地域は水が澄んでいるおかげで、作物の収穫量も世界で一、二を
争うくらいに莫大なんだ。また、この先の集落では野菜を主流にした料理が美味しい。
私もそこで、特製のサラダの作り方を教わったのさ…」
「今度はクラース、貴方が料理をする出番かもな…」
「そっか?私の腕で出来る程度なら、喜んで料理して差し上げよう…」
「楽しみにしてるぞ」
やがて夜になり、二人はやっと集落に辿り着くことができた。
門前の兵士が一目クラースを見ると、すぐさま族長のブラムラルドの元へ駆けつけて行く。
数分後、ブラムバルドが姿を現し、用件を尋ねてきた。
「クラース殿、ごぶさだしております。ところで、今回はどのようなご用件で?」
「明日、トレントにある石碑の元へ向かいたいのだ。こちらの彼女、マリーだが、
今後彼女の世界へ移り住みたく、世界転移の威力をこの剣に採り入れたい」
「また、新しい発想を…。クラース殿なら必ず成功しますよ。
今日は宿の方で一晩休まれていってください」
「ありがとう。今夜だけお世話になるよ…」
こうして、ブラムバルドに案内され、二人はその晩、宿へ泊まることにした。
宿へ入り、姿勢を緩めてからしばらくして、食事が運ばれてくる。
マリーは料理を目にすると、好奇心旺盛にフォークを握り、テーブルの上に皿を移した。
今まで肉中心の食事が多かったのか、野菜中心の料理はマリーにとって、
とても珍しいご馳走でもある。
「たまには、野菜を沢山食べるのも、体に大切なのだな…」
「そういうわけだ。肉ばかり食べていても、流石に体が懲りるし、
程度良く食事をすることが、何より生きていく上で必要不可欠ってことだ…」
「確かにそうだな…」
美味しそうにサラダを食べているマリーの光景を、今度はクラースが愛しい目で眺める。
ナプキンで口を拭いて、マリーがクラースの表情を見て頷いた。
「もしよかったら、私にこの世界の料理を教えてくれないか?」
「勿論喜んで」
食事も満足に楽しめ、二人はいつもと早めにベッドに就寝する。
明日がまさに勝負時…
そう感じながら、徐々に眠りに入っていった…。
次の日、小鳥の囀りで目を覚ますと、ベッドから起き上がり、
荷物をまとめたのちに宿を後にする。
集落の最北端にトレントへ繋がる小道があり、視界に注意しながら進んでいった。
この森は分かれ道が多く、間違えれば行き止まりにぶつかってしまう。
クラースが先頭に立ち、1箇所ずつ見覚えのある路を確かめながら歩いていく。
数十分後、二人の目の前に巨大化したクマや昆虫が現れた!
マリーは剣を抜き出し、迎え撃つ体勢に入り、
クラースも彼女の後ろで召喚の準備に入った。
「剛雷剣!!!」
マリーの斬りを受け、昆虫が数匹後退していくにもかかわらず、
また後方から群れが姿を現し、クマも絶えず立ち上がっては襲いかかってくる。
タイミング良く、クラースが精霊を召喚し、命中を狙い定める…
「出でよ!マクスウェル!!」
クラースの頭上に、光の球に身を浮かせたマクスウェルが現れ、
身を分身すると体当たりを発し、一匹ずつ倒していく。
辺りの様子が元に戻ったのを確認すると、再び歩き始めた。
約一時間後、二人の目の先に、銀色に輝く石碑が見えてきた。
ここで世界転移の術を得られるのだな…
二人の胸が益々高鳴っていく。
ふと、エターナルソードからオリジンの声が聞こえてきた。
『主よ、いよいよこの剣に威力を取り戻せる時がやってきたようだな…』
「あぁ、今までオリジンらにはお世話になった。私がいなくても、
この世界の平和を守ってくれるよう、今後祈ってるよ…」
『我々も以後は神々に仕える者として、主たちに代わり平和を築いていくことにしよう』
「宜しく頼んだぞ…」
早速クラースは、相談した内容通りに作戦を試み始める。
石碑の目前に12の指輪を一つずつ丁寧に並べていく…
マリーの表情にも期待と緊張が現れてきた。
『そろそろ準備は宜しいか?』
「よし、いいぞ。術の精製を頼む」
『それでは、主の剣を天空に翳しておくれ…』
「了解!」
クラースはゆっくりと剣を空へ掲げ、指示通りに詠唱を始めた。
すると、石碑の前に並べられた12の指輪が光を生じ、
まるで吸いこまれるかのように剣に飲みこまれていく。
指輪が消えると、今度は石碑と剣の距離を半径に光の壁が現れ、
瞬間に二人を包み込み、その場から空間を切断した。
この空間はこれまで世界転移してきた中でも、突風も吹き荒れず、
クラースの心の中は、偉大なる魔科学の成功による喜びで一杯である。
空間に魅了される中、オリジンの最後の声が聞こえてきた…
『今後は幸せに過ごすのだぞ…。主なら無事にやっていけるであろう…』
「ありがとう、オリジン。またいつかそちらの世界へ旅しに来ると思うが、
その時にまた会えるといいな…」
『では、しばしお別れをしよう…』
「さようなら、オリジン。そして、もう一度ありがとう…」
生きていく上で、時に偶然と衝動に遭遇することがある。
たとえ運命が大きく変わったとしても、己の力で切り開いていくことが必要である。
失ってしまったものはもう二度と取り戻せないが、それをどう償い、
または何を代わりにして合理するのかも、生きる上での条件であろう…。
あるいは、新しい何かを得るために、人は常に悩み、苦しむ日々を送っているはず。
過去は決して引きずるものではない。
どんなに辛い過去でも、やがては勲章となることだろう。
人を愛すること、それは互いの価値を理解した上で初めて成り立っていくもの。
結果が良かろうが悪かろうが、誰かを愛することで己の精神も強くなっていくのだ。
そして、人同士の団結力によって、平和な時代が訪れることであろう。
ある日の夕暮れ、二人の恋人は屋根のテラスから、
広い銀世界の向こうに見える太陽を眺めていた。
私に、新しく愛する人が現れたのだな…
もう過去に未練などない。これからは貴方と共に手をとりあって過ごしていきたい…
二人は心の中で、そう呟いている。
男性が片手に持っている本の終わりには、何か文字が書き込まれていた。
どうやら、彼自身で研究を成し遂げた魔術の詠唱方法が記されてあるらしい。
「クラース、もしよかったらこの世界にも魔術を伝授してくれないか?」
「勿論、喜んで。人間でも魔法が使える、理想の世界を私は求めている。
でも最も我々に必要なのは、争いのない平和な時代だと思うな…」
「それもそうだな…。私もこうして、貴方と出会えて本当に幸せを感じているぞ」
「ありがとう、マリー。もうしばらくはこのままでいようか…」
「そうだな…」
日が沈み、空が薄暗くなり始めると、二人の周りに小雪が舞い降りてくる。
女性は手のひらに雪をのせると、優しく語り出した。
「また、あの時と同じ、和やかな光景が見られるなんて…」
「雪が降ってくると、何かと愛しさを感じられるものだな…」
すると、二人は肩を寄せ合い、手のひらで雪の感触を満喫する。
夢のようで夢じゃない…こんな一時がずっと続いてほしい…
貴方とのぬくもりを分かち合いながら…
男性は女性へ顔を向けると、優しく頷いた。
「これからはずっと、私のそばにいてくれ…」
「勿論さ。私も、もう一人ぼっちじゃないのだな…」
「私は…貴方を愛してる…」
「私もだ…。貴方が好きだぞ…」
「マリー…」
「クラース…」
二人は雪降る光景の中、温かく抱擁し合う。
そして、夜空を背景に熱くキスを交わしたのであった……
〜fin〜
|
|||
|
|