〜本章3〜
マリーは本が入った大きな紙袋を両手に持ち、宿屋へ戻った。
部屋に入ると、眠っていたはずのクラースが起き上がって、
エターナルソードを片手に何か考え事をしていた様子だ。
「クラース、横になってないとダメだろう…」
「あぁ…すまない。少しこれからについて考え事をしていたんだ…」
「考え事?」
「今度はこの世界からマリーの世界へ転移できる方法を…」
「クラース、私のために…」
マリーは瞬間、真剣な彼の表情を見つめながら、心で何かを強く悟り始める。
まだ、この本を見せずにいよう…
…再びマリーは頷きだす。
「これから、主人に厨房を借りるように尋ねてくる。ゆっくりしているのだぞ…」
「ありがとう、マリー」
それから、一旦床に置いた紙袋を持ち出し、マリーは部屋を出た。
受付の主人に厨房の使用許可をもらったのち、得意である料理にとりかかる。
一方クラースは、剣の中のオリジンらと世界転移の精製法を相談し続けている。
共に、精霊との契約解除も考えていたらしく、最も適切な手段を今究明していた。
『さて、主は始めに転移された世界へ移り住みたいと申すのだな?』
「あぁ。もう私にとって、この世界は名残が惜しくなったものだから…」
『それは、何故に?』
「最も大切なものを失ってしまったのだ…」
その時のオリジンは、クラースがどのような心境に遭遇しているのかを、
十分に感知した様子だった。
剣の向こうに見える主の行動や情景…、これまで幾度も見てきたのか、
今では人間の心も理解できるに違いない。
人は生まれてきて、様々な事に遭遇し、そして作り上げていくのだろう。
もう二度と、人間と精霊などが憎悪し合わない、理想の世界であってほしい…
誰もがそう心で強く望んでいるだろう…。
十数分後、再び剣からオリジンの声が聞こえてくる。
『さて、世界転移に相応しい方法を教えることにしよう…』
「ありがとう、オリジン…」
クラースは姿勢をとり直すと、早速剣を握り締め、方法を聞く体勢に入った。
オリジンの提言によると…、
先ず、ユミルの奥に位置するトレントの森に入り、
進んでいった先にある、ブラムバルドが指輪を修理した場所の石碑へ向かう。
石碑の前に、クラースがこれまで精霊との契約に用いた12の指輪を横一線に
並べ、そしてエターナルソードを天空に翳して念を唱える。
すると、剣と指輪が共鳴し始め、同時に剣に新しい威力が生まれ、
精霊との契約解除と引き換えに、自由に世界転移できるようになる。
…と、いうことである。
「では明日、ユミルへ向かうことにしようか…」
日が暮れる頃、ドアのノックが聞こえ、カートにご馳走を乗せたマリーが戻ってくる。
「お待たせ。貴方の回復のために作った料理さ。早速食事に入るとするか…」
すぐにクラースはベッドから起き上がり、テーブルに腰を下ろした。
一つずつ並べられていく料理を目にすると同時に、
クラースは心の中で新しい何かを思い浮かべた様子だ。
まるで、久しぶりに団欒の時間を楽しめるかのような喜びを、
今クラースは感じ始めているのである。
“ミラルド…、今まで寂しい思いをさせて申し訳なかった。
でも、お前は自ら新しい幸せを探し出せたのだな…。今更私が止めるわけにも
いかない。遠くながら無事を祈っているぞ…”
食事の真っ只中、マリーは紙袋に包んであった本を取り出し、
話し始めながらクラースへ手渡した。
「こ、これは…」
「貴方の書いた本だ。是非この本を片身に、今後は…」
すると、クラースは焦り焦り本に目を通していく。
しばらくすると、本の最後に衝撃的な内容が記されてあったのを見て、
再びクラースは片手で頭をもがき出す…。
「どういうことだ…!」
「どうした?」
「このページを見てくれ…」
本を受け取ると、マリーも心配そうに終わりの部分を見てみた。
“4203年、ユーグリッドとアルヴェニスタを結ぶ海上にて事故のため他界。…”
「もう、この世界では私という人物は存在していないことになっている…」
「クラース…」
クラースは脳裏に、マリーの世界へ転移される直前の光景を浮かべてみる。
確かあの時、愛用していた帽子を紛失した。
と、すれば、船の乗組員がたまたま私の帽子を見つけ、持ち主の身元確認と同時に
私が海上で事故死したことと悟ったのだと思う。それに、私の身は剣の威力が
過剰に枯渇した原因でマリーの世界へ転移していったわけだからな…。
一人考え込むクラースに、マリーは両手で本を差し出す。
「この本、いつも大事に持っているほうが貴方のためだと思う…」
「しかし…」
「いいから受け取ってくれ」
「また、どうしていきなり…」
マリーはテーブルに立てておいたダリスの剣を取ると、
彼女自身でこれまで心で感じたことを、一つずつ話し始めた…
「私、いつもこの剣を肌身離さず持っていることに決めているのだ。
それはただ、思い出を大切にするだけではなく、一つのお守りとして
生きている自分に何かを言い聞かせている…そんな気がするのさ…」
「一つのお守り…か……」
「戦争の最中、ダリスが逝ってしばらく、私一人彼のあとを追うため、
何度死のうと思ったのか数え切れなかった…。しかし、残されたこの剣が
私に教えてくれること…、命と言う名の自由と責任…。
そして、己が撒いた種をどう育て、どう養っていくのかを、
私達は常に意識しなければならない。そう思うのだ…」
「そうだな…、切欠が教えてくれる、生きていくための責任を大切にな……」
クラースは両手で本を強く握り締め、改めて今の自分に出来ることを考えた。
物静かな雰囲気も物寂しいと思ったのか、マリーは元気付けの代わりに頷く。
「…あっ、折角のスープも冷めてしまうぞ。そろそろ食事に入らないと…」
「あっ!いけない…!」
突然慌ててスプーンを片手に、スープを口にし始めるクラースの様子を、
笑みを浮かべながらマリーは優しげに眺める。
そんなマリーにクラースは言葉を投げ返した。
「今笑っただろう?恥ずかしいじゃないか…」
「何となく、貴方らしくて…」
「あはははは…」
クラースもマリーに吊られて無意識に声を出して笑い出す。
マリーは愛しい目でクラースを見つめ続けていた。
そういえば、ダリスとは食事の最中に笑い合ったことはなかったかもしれない…。
今までの私達には、こうした平和な一時が滅多になかったのか、
心にも余裕がなかったに違いない。
でも、争いのない平和な日々を、クラースと共に過ごしていきたい。
日に日に、貴方への思いが募ってきているのだ…。
ずっとそばにいたい…
食事を済ませ、二人はベッドへ入ると、明日のことを話し始めた。
先程と違って、クラースの表情には希望が現れている。
彼の横顔を優しい目で見守るマリーは、少し切なげな感じだった。
「それでは明日、ユミルの森へ行くことにしよう。
そこで世界転移の威力を私の剣に精製することにした。
これでマリーの世界へ移り住める…」
「よかったな…クラース。私も今後貴方のそばにいたいと思っていたのだぞ…」
「ありがとう…」
もう何も心配は要らない…そう二人の心の中で呟かれている。
夜空には、満月がうっすらと天空に輝き出し、それを囲むかのように
無数の星が辺り一面に散り始める。
しかし、マリーはまだ目を開けたままだった。
横のベッドで気持ちよさそうに眠るクラースの様子をじっと見つめ、
静かに起き上がり、彼の腕をシーツに閉まうと、額を撫でながら心で頷く。
…私は、貴方に惚れてしまった。
その、貴方自身で物事を切り開いていく勇気に、ひたすら男らしさを感じたのさ。
私は貴方を離したくない!
ふと、マリーはクラースの唇に優しく口付けをしてあげた。
流れ星が瞬間に銀河を横切った頃、二人はすでに夢の中へ入っていた…。
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