〜序章〜
ここはユーグリッド大陸の北部にある村…
そこに、ダオス討伐から丁度帰ってきたばかりの男が住んでいる。
彼の名は…クラース・F・レスター
時代を通じて幾つかの精霊との契約を結び、そして今に至る。
ある日、彼は今回の旅で学んだ研究の結果を学会へ発表に行く前に、
テーブルに座り、助手であり幼馴染でもあるミラルドの作ったパイを食べ始めた。
この懐かしい甘味…、いつ食べても変わらない味…
そう心で感じながら、一口ずつパイを口にしていく。
クラースがパイを美味しそうに食べているところに、
紅茶を煎れながらミラルドが話かけてきた。
「クラース、今日、学会へ研究発表に行くんでしょう?もし認められたら私達…」
「そうだな…。新しい家庭を…ゴホンゴホン!!」
「まぁ、クラースったらもう〜」
ミラルドがくすっと笑うと、クラースは微かな笑みを返す。
そろそろ出掛ける時間だ…
クラースは食事を終えると、帽子を被り、荷物を背負い、
エターナルソードを片手に持って玄関を出ようとしたところに、
再度ミラルドが彼に呼び止める。
「あっ、クラース!これからまだ長い旅になるでしょう?
もしよかったら、これを持っていって…」
と、一つの布の包みを差し出す。
「これは…?」
「今日のために早起きして作ったサンドよ。旅の途中だと、お腹が空くでしょう?」
「ありがとう。ここまで考えてくれて…」
すると、ミラルドはクラースが出発する前に、そっと唇にキスを交わした。
「…クラース。一度、こんな風に見送りの合図をしてみたかったの。
もしかして、ビックリした?…」
「…あぁ、いや、そんなことはない。とても嬉しいよ…」
「ありがとう、クラース…」
「では、行って来るよ」
こうして、クラースは玄関を出て行く。
彼の小さくなっていく後姿を、優しげな目でミラルドはじっと見送っていた。
村を出て丁度東の方に小さな港があり、船が都合よく停まっていた。
その船でクラースは、アルヴェニスタへ向かうことに決めた。
早速船長に挨拶し、甲板に寄り掛かりながら出発を待ち始める。
今からだと、アルヴェニスタに到着するのは夕方頃になるなぁ…
都は無事に平和であるだろうか…
それよりも、学会にいる連中の頭の硬さをどうにかしないとなぁ…
これからのことを考えながら、クラースは航海の途中にサンドを頬張った。
日が暮れ、クラースを乗せた船がアルヴェニスタへ到着した。
都は相変わらず、穏やかな雰囲気である。
今日はもう遅いな…
今夜は宿で一晩費やすことにしようか。
そう決めると、クラースは早速宿をとることにした。
部屋に入ると上着を外し、部屋と連結しているシャワールームに行き、
今日1日の汗を流す。
シャワーを浴び終えると、さっさとベッドへ横になるが、
明日のことが心配でなかなか眠りに入れなかった。
果して、本当に研究の成果を認めてくれるのだろうか…
そればかりが、クラースの心の中で揺れ動いていた。
次の日、クラースは目を覚ますと、荷物をまとめてから宿を出発し、
王立学院へと向かい始める。
昨夜泊まった宿から十数分くらいの距離に、学院があった。
さぁ、お待ちかねの連中を驚かせる瞬間の御出座しだ…
そう呟きながら、彼はニヤリとした表情で学院の門を潜り抜けていく。
学舎に辿りつくと、学院生たちが温かくクラースを出迎え、
学会の皆もしぶしぶと彼の応対に務めた。
「皆、変わりないようで何よりだな…」
クラースが笑みを見せると、学会の一人が話し出す。
「今日はこの日のために来ていただいて、大変お疲れ様です。
あともう少しで講演会が始まりますので、こちらでお待ち頂いて宜しいですか?」
と、クラースを講堂の控え室へ案内した。
間もなく、学院生全員、教授陣、そして職員が講堂に集合し、
この日が待ち遠しかったように多少のざわめきが響いてくる。
進行役を務める学会の一人によって、静粛にするよう命じられ、
全員は一斉にクラースの入場を待ち始める。
そして、白衣を着せられたクラースがステージへ上がり、
マイクの高さを調節してすぐ、研究発表を始めた。
「皆様、おはようございます。今日この日のために皆様にお集まり頂いて、
誠に有難うございます。今回の私の研究したテーマを申しますと……」
クラースの講演が始まり、全員は彼のほうへ集中して目を向ける。
彼の研究した内容によると…
魔術にも属性があるように、精霊にもそれぞれ属性が存在していて、
その中でも精霊そのものの能力で魔法を精製できることも可能である。
世に存在する魔法の属性は、火・水・大地・風・雷・光・闇・そしてどの属性にも
あたらない無属性があり、同じ属性の魔法でも威力の大きさによっては、
術を発するまでの詠唱時間も異なってくる。
また、精霊と契約する際に必要とされる宝石の指輪にも秘密が隠されてあり、
クラースが今まで契約してきた精霊の数と比例すると、およそ12になり、
1年の月と同じ数であることから、宝石の指輪別に、その月に該当する宝石も
明らかに判定できた。しかし、誕生石と呼ばれるその宝石と、精霊そのものや
属性との関係は特に定められていない。……
…と、いうことであった。
無事に講演も終わり、数人の学会の研究員達から以前お願いされた内容に移り始める。
それは、契約している精霊から精製された魔術の習得法を、1冊の本に書き上げ、
そして学院で出版することであった。
クラースはあらかじめ持ってきた、その方法を記帳してある帳面をサックから出し、
内容を丸ごと印刷するよう研究員達に依頼する。
その間クラースは、学院のあちこちを見回って時間を費やした。
相変わらず、変わらない光景だ。
私もこの場でミラルドと勉学に励んでいたのだな…。
数時間後、そろそろ頼んであった印刷作業も終わったと思い、
研究室の方へ戻ると、丁度研究員達も作業を終えたところだった。
「皆、よくやってくれた。これで私の研究結果もチャラにならなくて済んだな…」
「あとは我々で製本に努めますので、どうかお待ち頂けると嬉しいです」
「宜しく頼んだぞ。いつのまにかお前達も言葉使いが丁寧になったんじゃないか?」
「えぇ…。クラースさんには敵わないって今日の講演でしみじみ感じて…」
「ははは…、お前達も私に負けずに新しい研究に挑戦していってくれ」
「ありがとうございます!」
その後クラースは学院を後にし、店で食料を購入してから船に乗った。
きっと、ミラルドが温かく迎えてくれるだろう…と、一人、胸を高めていた。
船が港から出航して約2時間後、辺りの海の様子が急変し始める。
どうせよくある荒波だろう…
そう思っていたのも束の間、船員の一人が何かを目撃したらしく、
船内にいる乗組員に警告の合図を訓えた。
何だ…?何物かが現れたのか?!
クラースはレールから顔を覗かせると、目の前から巨大化したサメが
びゅんと甲板の上に跳び上がってきた。
「うわぁぁぁぁぁぁ!!!」
何とかエターナルソードで身をガードしながら位置を移動しても、
サメ達は懲りずに彼へ近寄ってくる。
これでは、精霊を召喚しても間に合わない!
そう確信すると、必死でエターナルソードを振り回し、
サメの退治に励み始めたその瞬間…、
ソードを振り出したと同時に、クラースの目の前に眩しい光が生じ、
不思議な突風に煽られながら彼の身を封じたのである。
あれ?私は一体どうしたと言うのか?
しかし、ここは何処なのだ?
このままミラルドの元へは帰れないのだろうか…
そう言えば、さっきまで被っていた帽子がない!
もう一度戻ることが出来るのだろうか…。
オリジンを呼び出してみるとするか…
早速、見覚えのない空間で、精霊・オリジンを召喚してみようとするが、
不思議な力で無効化されていた。
どうなっているんだ?!一体…
もう二度と戻れないのだろうか…?
今はこの空間の流れに従うしかないか…。
すると、クラースの身の回りが突然暗闇になり、気がつくと、
地面に足がついているのに気づき始めた。
クラースはそっと目を開け、辺りの景色を一通り見てみると、
肌寒い空気とうっすらと銀色に輝いた雪が積もっている世界であることが判った。
彼が訪れたことのある雪国では、フリーズキール大陸しかない。
ここは、果してフリーズキールなのか…?
そうだ!もう一度オリジンを呼び出してみよう…
早速、クラースはオリジンを召喚し始めた。
「オリジン!!」
『主よ、私を呼んだかね?』
「実は頼みがある。先ほど、奇妙な空間に遭遇したのだが、一体何が起きたのだ?」
『それは、主が時の剣を無闇に振り回したおかげで、マナが暴走したのだ。
同時に、剣が力尽きて、過剰な威力によってこの別世界に転移し出したのだ。
この剣には主にもわかるように、念じることによって時間転移できるのだが、
今回のように無闇に取り扱った原因で、剣の力が枯渇したと見よう…』
「そんなバカな…」
オリジンから詳しい原因を聞いて突如失望しながら、
クラースはその場から歩き始めた。
歩き始めて間もなく、目の前に小さな町が見えてきた。
しかし、そこは彼の訪れたことのあるフリーズキールの雰囲気とは異なっていた。
どうしてだ…?
もしかして、ここは全く別世界になるのか?
様々な不安を胸に、クラースは街中へ入っていく。
しかし、このままでは寒さで凍えそうだ。
クラースは早速、近くに店を見つけては、そこでマントを購入した。
しかしながら、こちらの世界でもガルドが通貨として通用するのに、
驚きと不思議さでクラースの心が一杯になる。
マントを羽織り、店を出て少し経つ頃、近くで女性の泣き声が聞こえてきた。
そっと近寄り、木陰から窓を覗くと、目前にある宝らしき剣を見つめながら、
一人寂しく涙する女性の様子が見える。
「ダリス…どうしてお前は私を置いて逝ってしまったのだ?…
私は一体、これからどう生きていけばいいのだ?…
一人はやっぱり寂しいぞ…。あの時のダリスは、もういないのか…」
様子を覗いている途中、クラースの頭上に精霊・マクスウェルが現れ、
主に提言し始めた。
『主よ、一人で泣いている人間をこのまま放っておいていいのか?』
「マクスウェル、どうしていきなり…?!」
『主には、人を慰める心がないのか?』
「それは…考えてみればなくないのだが…」
『ならば、彼女の元へ行ってあげるがいい…』
「しかし…」
『いいから行くのじゃ』
そうして、恐る恐るクラースは家のドアをノックしてみる…。
「誰だ?!」
「私は旅の者だが…」
すると、ドアの開く音がし、女性が姿を現して一目クラースを見つめると、
急に静止しだした。
…赤く燃えるような茜色の長い髪
…女性でありながら強くたくましい体つき
…凛々しい瞳の奥に見える女性らしい優しさ
どれも、クラースの心に印象付けるものである。
「ダリス…じゃなかったのか…」
「ダリス?私の名はクラースだが…」
また、その女性にも、クラースの容姿の幾つかが印象付けられていく。
…切れのいい細い目に見える情熱的な瞳
…骨格の丈夫な体つき
…透けるように蒼い銀色の髪
まるで、ダリスに面影が似ている…
「あっ、申し送れた。私の名はマリー・エージェント。マリーでいいぞ。
寒くないか?早く中に入ってくれ…」
「では、失礼させていただく…」
こうして、マリーのリードに任され、クラースは部屋に入っていった。
部屋の中は、2つのベッドに天井までの高さの本棚が立ってあり、
反対側の壁は、小粋な厨房になっている。
「ところで、お腹空いていないか?丁度料理を始めるところだったし…」
「そうだな…、では頂くとするか…」
「了解。では、少しの間待っててくれ…」
マリーは早速、レンジに火を点し始め、鉄板に肉を2枚並べ、焼き始めた。
途中、料理の美味しそうな匂いが部屋全体に漂い始める。
そういえば、ミラルドが料理をしている光景は滅多に見たことがなかった。
私は研究と旅でその機会がなかったからな…
すると、突然マリーの目の前に火が大きく燃え上がった。
心配そうにクラースが頷く。
「どうした?!大丈夫か?!」
「あぁ、心配要らない。こうしないと料理が上手く出来ないからな…」
間もなく、マリーは料理を終え、テーブルに出来あがったご馳走を並べる。
「これは何だ?」
「ビーストミートのポワレだ。この料理…今は亡きダリスが教えてくれた…」
「そうなのか…。思い出の料理なのだな…」
「まぁ、そういうことだ」
こうして二人は、丸いテーブルに向かい合って食事を始める。
ミラルドとは、向かい合って食事を摂ったことは殆どなかった。
私は今までミラルドに何もしてあげてなかったに違いない。
振り返って思うと、彼女には寂しい思いをさせてしまったな…。
このまま、こちらの世界にずっと住むことになるのか…
ポワレを一口ずつ食べながら物思いに深けているクラースを見て、
マリーが頷きだした。
「どうしたのだ?考え事をして…」
「あぁ、すまない。ちょっと心配していることがあったからな…」
「何だ?その心配していることって…」
「実は…」
するとクラースは、今までの経緯を全てマリーに説明した。
マリーの目にも、今クラースがどんな心境なのかが映し出されている。
やがて食事も済ませ、二人はそれぞれのベッドに入り、
マリーは明日の計画をクラースに提案し始める。
「それじゃ明日、一緒にその世界に行ける目印を探してみよう」
「そうだな…。それで、私の剣がまた威力を復活できるよう、願っている…」
「もう何も心配するな…。逆に眠れなくなるぞ…」
「すまないな…」
ようやく二人は眠りにつき、クラースは心の中で自分の世界のことを
思い浮かべては、なかなか心配を頭から離せずにいる。
ミラルド…今頃は私の帰りをずっと心配しているだろうなぁ…。
多分、私のところをもう愛想を尽かしているのかもしれない…もしかすると…
もはや私には、愛される資格がないと思う。
しかし、マリーも一人ぼっちなのだな…。
彼女を放っておくわけにも今はいかない…
雪が程よく外一面に積もった頃には、クラースもようやく眠りにつき始めた。
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